アケミの新しい道-3
「どんな所かは知りませんが必要ありません!アケミはアケミの道を自分で探しますから、もう構わないで下さい」
アケミは社長への想いを吹っ切るように、キッパリ言いきった。
そんなアケミの心内を知ってか知らずか、社長はポケットから取り出した物をアケミの前に差し出しながら言った。
「もし良かったら結婚してくれないか。これを受け取って私の所に来て欲しい」
「要りません!」
その言葉は興奮した耳には届かず、アケミは反射的に拒否して社長を睨んだ。
しかし、社長が差し出す物に目を向けた途端、今の自分の気持ちにそぐわない違和感を感じた。
「…」
そして、それを見ながら社長の今の言葉を反芻してみた。
「えっ?」
驚いたアケミが社長に目を向けると、社長は優しく微笑んでい た。
「えっ?い、今何て?えっ?え ―――――――――っ!しゃ、社長、今何て仰ったんですか?」
アケミは自分の耳が信じられなかった。
「これを受け取って欲しい。そして私と結婚して下さい」
社長はそう言って手に持つケースを開いてダイヤモンドのリングを差し出した。
「えっ、え―――――――!うそ、ど、どうして…」
驚きの余りに後の言葉が続かない。
「休みの間、いや、ず―――っと前から考えてはいたんだよ。ただ、会社の状態がどうなるかわからなかったから、中々踏ん切りがつかなくてね。中途半端にしていてゴメン」
「え――――――!で、でも、でも社長は家に帰ったら美人の奥さんがいるじゃないですか!」
「へっ?美人の奥さん?ああ、妹のことかな。私と同じで今だに行かずの困ったヤツでね。私も妹も恥ずかしながら独身だよ」
「え――――――!い、妹さん! じゃ、じゃ、その薬指にはめてる指輪は?」
「これは以前、得意先の女性社員にストーカーされたことがあってね。それ以来魔除け替わりにはめてるんだよ」
「えーーーーーー!じゃ、じゃ、ホントに独身?え ――――――!け、け、け、結婚 ―――――!」
アケミは何が何だかわ からなくなってきて、今まで堪えてき たモノが一気に溢れ出してきた。
「ううっ…」
そして感極まったアケミは、堪えきれずに子供のように、わんわん泣き出してしまった。
「OKと考えていいのかな…」
照れ笑いを浮かべて聞いた社長の問いかけに、アケミは泣きながら何度もコクコクと頷いた。社長はそおっと手を伸ばすと、愛しい人が泣きやむまでその頭をよしよしと撫で続けた。
その夜、2人は終始照れ笑いを浮かべながら、食事を共に過ごし、そして心の底から結ばれた。
アケミは社長の腕の中で気になっていたことを聞いた。
「社長、あたしが辞表を出した時、結構涼しい顔をしてましたよね」
「涼しい顔?冗談じゃない。私の心臓はバクバクで、どうにかなりそうだったんだぞ。君へのプロポーズでへまをしないようにするのが精一杯で、実際は顔面蒼白だったはずだ」
社長はアケミの目を覗き込みながら、優しい表情で答えた。
「そうだったかしら?」
「そうだったんだ!」
社長はそう言って、照れ笑いを浮かべながら、アケミの髪をくしゃくしゃっとした。
アケミは社長の手から伝わってくる愛情を感じながら、今日の出来事を振り返った。
「嬉しい。あたしのことを想ってい てくれて…」
感極まったアケミだったが、泣き出す前に社長に一つだけ伝えておきたいことがあった。
「社長、結婚するにあたってお願いがあります」
「おいおい、もう社長は止めてくれよ」
社長は苦笑いを浮かべた。
「いいえ、それです。結婚しても会社でお手伝いしたいんです。で、会社では『社長』って呼びたいんです」
「あっ!それって若しかして会社で 『セクハラ社長と女性社員』をやり続けたいってことか?」
「ばかっ!」
アケミは真っ赤になった顔を、愛する人の胸に埋めた。
おしまい。