『かみさま』になれないけれど-1
数ヵ月後。
ランベルティーニの城下町は、とびきり浮かれたお祭り騒ぎになっていた。
今日は、領主さまの結婚式が城であげられるからだ。
領地中……いや、シシリーナ国中の各地から、祝いの使者や手紙が届けられ、人々は話題の花嫁を一目見ようと、朝早くから城門へ詰め掛けている。
カテリナの身元については、実にさまざまな憶測や噂話が飛び交っていた。
異国の姫だとか、貧しい村娘だとか、どこかの貴族の隠し子だとか、実は娼婦だったとか……好意的なものから、悪意のあるものまで、数え上げたらキリがない。
しかし、無数の憶測の中、本当の正解は一つもなかった。
人々は、さんざん話を楽しんだあと、決まってこう締めくくるのだ。
『まぁ、これが一番、面白いよな。 “領主様を争う姫さんたちが、あんまりキンキン喚くから、天上でうんざりした神様が、一番キレイな天使を遣わせた”って説』
「――――本当に、良いのかしら」
花嫁の控え室で、カテリナは思わず呟いた。
姿見には、見事なウェディングドレスに身を包んだ自分が写っている。
極上品の絹で作られたそれは、質素ではないが華美すぎる事もなく、カテリナの美しさを十分に引き出している。
色はもちろん、清らかな存在のみがまとう事を許される、清純な純白。
押し切られてしまったとはいえ、やはり自分がまとうべき色ではない気がした。
「カテリナさま」
クレオが、そっと話しかけた。
彼女は現在、カテリナの専属侍女に任命されている。
ルーファスの傍にいつもリドがいるように、カテリナの傍にいて何かと助けてくれる。いまやかけがえのない存在だ。
先ほどまで、控え室には髪結い師などがごった返し、大変な騒ぎだったが、式まであと数分という今、部屋にはカテリナとクレオだけだ。
「その……ずっと、言おうか迷ってましたけど……」
伏目がちに言いよどんだ後、クレオは礼服の裾を握り締め、きっとカテリナを見据える。
「貴女の過去を、全部ルーファスさまからお聞きしています。そのうえで、お世話させて頂きたいと思いました」
「クレオ……」
前々から、そうではないかと思っていたが、はっきり告げられたのは初めてだった。
「牢に入って気が済むのでしたら、それも宜しいかと思います、でも……それで救われるのは貴女の罪悪感だけです」
「え……?」
「死んだ人は生き返らない。領主様は大事な人を失い、本当の悪党どもは、のうのうと檻の外。これで一体、誰が救われるって言うんです?」
いつも可愛らしいクレオから飛び出した、思いも寄らぬセリフに、カテリナは驚く。
「あの事件で掴まった司祭たちが、大半はコネですぐに釈放されてしまったのを、ご存知ですか?」
「……ええ」
それは聞いていた。
部屋の外に漏れないように、声は小さいながらも、クレオに宿っている表情は強い。
「権力って本当に怖いです。白を黒に、黒を白に捻じ曲げられる『権利』と『力』なんです」
そしてクレオは、室内の窓へ視線を移した。
窓の外には、今年も領民へ豊かな自然の実りを提供してくれる、おだやかな景色が広がっている。
「この領地は、不作の年でも飢え死にまでは出ません。豊富な自然の財源と多数の兵力……遣い方しだいでは、王都に攻め込んで、国全体を乗っ取る事すら可能でしょう」
「!?」
「でも『飢えの怖さ』を知っている人なら……そのために、命がけで戦おうとした天使なら、その力をもっと素敵な事に使えるはずです」
「……ぁ」
「教会と戦う女王陛下には、もっと味方が必要なのです。それができるのは、正直な囚人より、嘘つきな領主夫人ではありませんか?」
そしてクレオは、一気に表情を変え、ペロっと可愛らしく舌を出した。
「全部、リドさまの受け売りですけど」
「クレオ……ふ……ウフフ……っ」
笑いながら、泣いてしまった。
お化粧が崩れちゃいます!と、クレオがあわててハンカチを差し出した。
「……それに、これもご存知でしょうが、ルーファスさまは優しいけど、結構抜け目のないお人です」
クレオは、にこりと笑った。
「好きになってしまえば、天使だろうとなんだろうと、逃がしませんよ」