家名に勝るスキル-1
――もっとも、寝室でそんな甘い調教を施されるようになったのは、あの日からしばらく経っての事だった。
廃教会での一夜が過ぎた後、領地は大騒ぎになったからだ。
バイアルドには逃げられてしまったが、彼の残した手帳には、盗賊団と教会の癒着証拠、その他の重要な事が色々と記されていた。
ランベルティーニの騎士団は、普段の『のんびり』をかなぐり捨てて、王都の正規軍とともに、盗賊の討伐に赴いた。
不意を喰らった盗賊たちは、あえなく壊滅させられたが、根深く国に染み付いている教会組織を完全に失くす事は、まだできないそうだ。
ごく少数ではあるが、本当に孤児達を受け入れていたり、人々の心の支えになっている、善良な聖職者もいるためだった。
それでも、女王は教会の不正と全面的に戦う姿勢をあらためて公表し、法も随分と改正されるらしい。
盗賊団が壊滅し、ルーファスとリドが領地に帰ってくるまでの数週間。
カテリナは言われた通り、大人しく城の一室に籠もって暮らしていた。
食事を持ってきてくれるクレオは、ある程度察しているようだが、以前と変わらない様子でカテリナに接してくれる。
ルーファスから、誰にも何も話すなと、厳しく言われていたから、カテリナも前と同じように接した。
そしてついに、ルーファスから呼ばれ、カテリナは執務室へと足を踏み入れた。
教会の殺し屋『アンジェラ』として、投獄されるのは覚悟していた。
しかし……
「例の騒ぎで、少々仕事がたて込んでいる。すまないが、秋の舞踏会は欠席する事にした」
夏も終りにさしかかる昼。
眩しい陽射しが差し込むルーファスの執務室で、告げられた最初の言葉はそれだった。
「はい……」
戸惑いつつも、カテリナは頷く。
ルーファスが舞踏会を欠席するとなれば、訪れる姫君の大半は落胆するだろうが、それがなぜ自分に関係あるのだろうか?
「代わりに、式の手配はなるべく早くする。ドレスはクレオとでも相談しながら、カテリナの好きなデザインを作らせてくれ」
「え?」
よく考えたが、どうも聞き間違いだったらしいから、恐る恐る尋ねた。
「あの……式とドレスについての話に聞えたのですが……」
「そう言ったから、そう聞えたに決まってるだろう。ちなみに、結婚式とウェディングドレスの話をしたつもりだ」
「……結婚なさるのですか?」
「ああ。執事が嫁を取れと煩い」
「……ちなみに、どなたと?」
「この部屋の中に、君以外に女性がいるか?」
「!!!???」
「ああ。考えてみれば、きちんと言ってなかったな」
ルーファスが立ち上がり、カテリアの手を取ってうやうやしく口づけた。
「カテリナ。結婚してくれ」
たっぷり一分間。カテリナは絶句した後で叫んだ。
「無理です!」
カテリナの叫び声に、リドが盛大に吹きだす。
「ぶはっ!っ……っ……」
冷静沈着なポーカーフェイスのはずの執事は、ひくひく口元を震わせながら、必死に笑いをかみ殺していた。
そんなリドを横目で睨みつつ、ルーファスは手を離さない。
「俺が嫌いか?」
「い、いいえ……そういうわけでは……」
ストレートに聞かれ、顔が赤くなる。
それを見ると、ルーファスの口元にニンマリと悪どい笑みが浮かんだ。
「では、俺の妻になるように。これは領主命令だ」
「な!?」
「権力というのも、時には便利だなぁ?リド」
同意を求められた執事は、すまし顔を取り戻して答えた。
「横暴このうえないことですが、いた仕方ありません。ランベルティーニ当主夫人として、カテリナさまは理想的でございますので」
「私が!?」
「容姿は上等。マナーその他の教育も完璧。決定的なのは、武術もたしなんでおられる点です。危険も多いランベルティーニ領主の奥様としては、どんな名門の家名にも勝るスキルでございます」
「ま、待ってください!私は罪人です!!」
ルーファスとリドは顔を見合わせ、キョトンと目を丸くして、同時に尋ねた。
「「何の?」」
……とてもとても、ワザとらしく。
「何のって……ですから、教会の……」
「 “カテリナ” さま」
冷たく冷ややかな口調で、リドが告げる。
「申し訳ございませんが、 “部外者” は口を挟まないでいただけますか」
「部外者!?私が……アンジェラが何をしたかも、その手帳に記されておりますでしょう!」
マホガニーの重厚なデスクの上には、革表紙の手帳が乗っている。
バイアルドの日記と仕事記録を兼ねていた、例の手帳だ。