幻想にさようなら-3
ルーファスの顔を見る事ができず、俯いたまま、震える声で告白を終える。
「っ!?」
不意に、轟音といくつもの怒声が外から聞えた。
天窓の外が赤く輝き、教会の中は一瞬、昼のように明るくなる。
「おや?」
バイアルドが眉をひそめる。
「リドがうちの騎士達を連れて、お前の雇った盗賊たちと戦っている音だ。この周囲にわんさか潜んでいたようだったからな」
ルーファスが腰の剣を抜いた。
「教会には俺一人で来たのだから、卑怯とは言わせないぞ」
「ええ。言いませんよ。お互いさまですからね」
バイアルドが、鋼鉄の弓をカテリナの首元に突きつける。
「当初の予定では、アンジェラに秋の舞踏会で、貴方を殺させるつもりでしたが、この通り、すっかり計画が狂いました」
「……カテリナを放せ」
ルーファスが低い声で命じる。
「彼女は『アンジェラ』です。貴方の命を狙う予定だった、殺し屋の娘ですよ?」
低く、バイアルドが笑う。
「貴方の思い描いていた幻想の天使像と、現実はこんなにも違う。それでも放せと?」
「……」
カテリナは唇をかみ締め、黙ってやりとりを聞いていた。
さぞかしルーファスは幻滅しただろう。
彼が教会をどんなに嫌悪しているか、よく知っている。
その手先だった女など……
「――なぁ。うちの執事は、自分は口が悪いクセに、俺の言葉遣いには厳しいんだ」
文句のつけようが無い貴公子の容貌をした青年領主は、不意にそんな事を言った。
「特権階級なんか、イメージ商売なんだから、周囲にはせいぜい素敵な幻想を抱かせてやれって。そりゃもう煩いのなんの」
夜会の姫君たちが聞いたら耳を疑いそうな、乱暴に砕けた口調だった。
「本当の俺は、結構わがままだし、好きな女をからかって困らせるのが大好きな、ガキみたいな男なんだけどな」
「……ほぉ。意外ですね」
「幻想くらい、多かれ少なかれ、誰でも持ってんだよ」
「……」
「天使の幻想がぶっ壊れたら、予想もしなかったもっとイイ女が出てきたって事もあるぜ?」
ルーファスの顔に、ニヤリと悪戯小僧のような笑みが浮んだ。
「天使でも殺し屋でも、カテリナでもアンジェラでも、そんな事、どうでもいいんだよ。
好きになっちまえば、関係ない」
一言一言、はっきり言い聞かせるように、彼は言葉を紡ぐ。
「どんな過去を持っていてようと、彼女を愛してる」