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堕ちた天使の夜想曲
【ファンタジー 官能小説】

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幻想にさようなら-2


「……カテリナ、どういう意味だ?」

 ふいに届いた静かな声に、カテリナの身体が震える。

「ルーファスさま……」

 半分崩れかかっている教会の戸口に、ルーファスが立っていた。
 普段着だが、腰に長剣を挿している。

「言われた通り、一人で来たぞ。胡散臭い神に誓ってやったっていい」
「不遜ですよ。領主様」

 微笑ながら、バイアルドが穏やかにたしなめる。

「それにしても、本当にお一人で来るとは……優秀な執事くんはお止めになりませんでしたか?」
「さすがに殴られたよ。それで我慢してもらった」
「ほぉ」
「どうやら教会は、本気で俺の首を狙いだしたようだな」
「それをご存知で来られるとは、ご立派です」

「娘さんにプロポーズする男として、合格でしょうかね?」

「!?」

 ルーファスのセリフに、カテリナは大きく目を見開く。
 バイアルドは、膝を折って笑い出した。

「ハハッ!ハハハッ!所詮は温室育ちのお坊ちゃんと思っておりましたが……いや、なかなか……」

 そして、鋼鉄の刃が仕込まれたヴァイオリンの弓を、スラリと向ける。

「ですが、これを聞いても、まだ気は変わりませんか?アンジェラは……」
「止めて!!!」

 思わず叫んだが、薄笑いを浮かべたバイアルドは、構わず続ける。

「僕が後継者として育てた殺戮の天使……教会専属の殺し屋なのですよ」

 一瞬、時さえも止ったように、全ての音が静まり返った。

「……本当か?」

 ルーファスの目が、静かにカテリナへ向けられる。

「っぅ……」

 縛り付けられたまま、視線を避けることさえも叶わず、何度も浅い呼吸を繰り返た末、やっと言葉を吐き出す。

「……………………信じていました。……飢えに苦しむ子どもがいるのは、裕福な者たちの仕業なのだと……そして私は……」

 足元の古い板床へ、涙がパタパタ零れ落ち、染みを作る。

「言われるままに、何人も殺しました……。子爵令嬢として、貴族たちに近づき……男も女も……けれど……」

 【本物の神さま】の言葉に、なんの疑問も持たなかった。

 殺し方を習い、貴族に紛れ込む作法を身につけ、あれが『わるいひと』だと言われれば、躊躇いもなく殺し続けた。
 『わるいひと』がいなくなれば、その分だけ、飢えに苦しむ子どもが減ると信じていた。
 その結果……知った事実は……

「ある日、知りました……私は教会の邪魔者を消していただけだった!!天使どころか、悪魔の操り人形になって、踊っていただけだった!!」

 幾重にも重なった偶然から、巧妙に隠されていた事実を知ってしまった。

 バイアルドは教会に雇われていた殺し屋で、自分はその後継者だったと。
 殺した貴族達は、むしろ教会の不正から、世の中を守ろうとしていた人たちだったと。

 一度剥がれた幻想の『正義』は、砂礫の城のように崩れ落ちていった。
 調べれば調べるほど、目を覆いたくなる現実が、次々に露になって言った。

 二年前まで、シシリーナ国に君臨していた暴君の前王は、教会の不正に目を瞑るどころか、積極的に裏取引に精を出していた事。
 教会が井戸の権利を独占したり、貧しい人々に違法な金利の金貸しをしたせいで、貧富の差は増加の一途をたどっていた事。
 数え上げればキリがない。
 最近、国内を荒らしていた盗賊たちとさえ、教会は手を組んでいた。

 司祭たちの手で盗賊へ売られる予定だった女子供たちを逃がし、教会の麻薬畑に火を放ち、その場にいた教会の手先を皆殺しにした。
 さらに、教会が盗賊団へ隠れ家をいくつも提供している証拠書類を手に入れた所で、バイアルドに見つかった。
 死に物狂いで斬りつけたが、逆に深手を負わされ、必死に逃げた。

 教会の手は国中の隅々までも延び、どこまでも追い詰めてくる。
 今の新しいシシリーナ女王は、教会の不正と戦う姿勢をみせていたが、王宮の中には、いまだに教会のスパイが入り込んでおり、証拠書類を持っていった所で、女王に届かず握りつぶされるのが目に見えている。

 だから、ランベルティーニ公爵の所へ書類を届けようと思った。
 
 神の名の脅しにも屈せず、領民を守り続ける彼なら、きっと書類を上手く活用してくれるはずだと……

 騙されていたとはいえ、自分も共犯者には違いない。
 届けた瞬間に罪人として捕らえられ、処刑されるのも覚悟していた。

「ルーファスさま……いえ、ランベルティーニ公爵。貴方の所へ、教会が提供した盗賊の隠れ家を知らせに行くつもりでした。けれど私は途中で急流に落ち……証拠書類も記憶も失ってしまった……」

――そして、『アンジェラ』から『カテリナ』になった。



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