夜会に出席 *性描写あり-5
恰幅のいい中年貴族に紹介され、そのあとも国内の各地から訪れている貴族達に何人か紹介された。
皆、カテリナの容姿やドレスを褒めそやしてくれたが、見覚えがあるという者は、一人もいなかった。
会場では楽団たちの流麗な演奏にあわせ、客達がダンスを楽しんでいる。
「大丈夫か?」
熱気に酔いそうになっていると、気づいたルーファスが傍らの給仕から飲み物を取ってくれた。
「少し、休むといい」
「はい」
確かに、倒れたくなかったら、一休みしたほうが良さそうだ。
グラスを受け取ろうとしたときだった。
「……ぁ」
軽やかに踊る人波の向こう側。
吸い寄せられるように、カテリナの視線は一つの顔へ固定された。
赤褐色の髪を後にきちんと撫で付けた、品の良い男性だった。
年齢は、40代も半ばを過ぎているだろうか。
手にはヴァイオリンを持っており、楽団の一員かと思ったが、使用人が丁重に礼をしたところを見ると、客らしい。
名前も素性も憶えていないのに、『知っている』それだけは確かだった。
「待って!」
とっさに、カテリナはその人を追いかけていた。
ルーファスが何か言った声も、耳には入らなかった。
がむしゃらに人の合間をすり抜け、ホールを出て行く男性を、必死で追いかける。
「っはぁ……はぁ……」
いつのまにか、美しく手入れされた庭園に出てしまった。
庭園の中央には噴水が吹き上がり、月光をキラキラ反射させている。
ここにも魔法灯火があったが、ホールよりもさらに淡く幻想的なもので、あちこちの木陰では、パーティーを抜け出した恋人たちが、ひそやかな楽しみを交わしていた。
シルエットだけでも、十分に男女が密着しているのがわかってしまう。
『そういった目的』の為の場所なのだろう。
顔を赤らめ、カテリナはきびすを返す。
勝手に抜け出すなど、どうかしていた。
男性も見失ってしまったし、場違いな所から一刻も早く出なければ……。
「っ!?」
振りかえった瞬間、背後にいた男性にぶつかりそうになり、あやうく叫び声をあげるところだった。
「もしや、私を追いかけてきてくださいましたか?カテリナさま」
いつのまにか、カテリナの背後へ影のように立っていた男性が、うやうやしく尋ねる。
音楽の調べのような、柔らかく美しい声音だった。
「いえ……あの……」
後をつけていたなど、無礼な振る舞いをしていた事を白状もできず、しどろもどろで俯いた。
「そ、それより、私をご存知ですか?」
「貴女の事は、社交界で今、もっとも話題にあがっておりますので。お会いできて、至極光栄に存じます」
年齢を重ね、落ち着きと優雅な気品を蓄えた目元が、優しげに狭められる。
「申し遅れました。私はバイアルドと申します。」
とても不思議な感覚だった。
確かに見覚えがあるのに、目の前の男性は、カテリナとまるで初対面のような口調だった。
そして、彼からかもし出される柔らかな雰囲気は、カテリナに二つの感情を与える。
とても懐かしい、泣き出したくなるほどの安堵感と……心臓を締め付けられるような絶望感。
「……っ」
足元が崩れそうになり、よろめいた。
「お疲れになりましたか?」
ヴァイオリンを片手に、バイアルドが優雅に手を差し伸べる。
―――『もう一度』この手をとってはいけない。
その奇妙な直感が、否妻のように全身を打った。
「し、失礼いたし、ますっ!」
カテリナのひきつった叫び声が、周囲にいた何人かの注目を集めてしまったようだった。
ヒソヒソと囁き声が聞える中、ダンスホールへ駆け戻ろうとした……が、
「カテリナ!」
庭園の入り口に現れたルーファスが駆け寄るほうが早かった。
「急に、どうしたんだ?」
「あの……」
カテリナが振り返ると、バイアルドの姿はもう見えなくなっていた。
まるで、夜に溶けていってしまったかのように……