悪しき者に、断罪を-1
カテリナが部屋に帰って少しすると、件の板挟みメイドが、朝食を部屋に持ってきてくれた。
「カテリナさま……今朝もすみません」
黒曜石のような髪と瞳で、小柄な若いメイドは、クレオ。
例の「花瓶の水ぶっかけ事件」のメイドでもある。
かわいい顔立ちをしているが、おっちょこちょいでよく失敗してはリドに怒られている女の子だ。
「あたしはフィオレッラさまと、とことん相性が悪いようです。ただでさえミスが多いのに……」
「気にしないで。運の悪いときだってあるわよ。それより、怪我しなかった?」
しゅんと子犬のようにうな垂れるクレオを、必死で励ました。
クレオは、ここに来てから一番先に仲良くなれた相手だ。
いつも明るく、何かと好機の視線に晒されていたカテリナが、他の使用人たちと打ち解けられるようになったのも、彼女がアレコレきっかけを作ってくれたおかげだ。
「たいした事ありません。それに、リドさまが薬を塗ってくださいましたし……」
言いながら、クレオの顔が真っ赤に染まる。
「あ、お茶をお入れします!」
なんだかんだ怒られていても、クレオはリドが好きなようだ。
カテリナの顔もほころぶ。クレオと話していると、重苦しい気分が軽くなっていく。
「良かったら、ちょっとお願いがあるのだけど……」
「――本当に、宜しいんですか?」
「ええ。お願い」
「では……いただきます」
少々ためらいがちに、クレオは盆の上の食事へ手を伸ばす。
向かいの椅子に座り、カテリナもお茶だけ貰った。
礼拝堂の一件で、とても食事が喉を通りそうになかったが、食べ物を無駄にするのは、どうしても嫌だった。
それで、クレオに食べてくれるよう頼んだのだ。
もちろん、クレオも十分な食事を貰っているが、食欲旺盛な年頃だし、メイドの朝食は早い時間だ。
間食に、カテリナの食事をたいらげるくらい、簡単なことだった。
「あたし、こんなに背が小さいのに、すごくいっぱい食べちゃうんです。いつもお昼ごはんが待ち遠しくって!」
美味しそうにパンをほおばるクレオを眺めながら、あらためて確信する。
「やっぱり、私は上流階級の出身なんかじゃないと思うの。だって、『飢え』の恐ろしさを知っているわ」
パン屑の一欠けらすら手に入らない、死の恐怖と絶望を、どこか身体が覚えている。
「食べるのにも事欠くような暮らしをしていた証拠でしょう?」
パチクリと、クレオの目が丸くなった。
「でも、カテリナさまは相当の教育を受けておられるようだと、リドさまがおっしゃっておられました」
「じゃぁ……そうね、私のお父さまは、貧しい学者さんだったというのは?」
「うーん。それより、童話みたいに、継母に苛められていた貴族のお姫様という方が、夢がありますよ」
とりとめない会話がはずむうち、カテリナは紅茶を二杯飲んで、クレオの皿は空になった。
「ごちそうさまでした!」
ペコリと律儀にお辞儀してから、クレオはちょっと首をかしげた。
「フィオレッラさまのおかげでもありますね」
顔を見合わせ、なんだか二人で笑ってしまう。
身分が高くても低くても、クレオのような友達がいれば、きっと毎日楽しいだろう。
「カテリナさまは、お部屋に『避難』していたほうが宜しいと思います」
空になった食器を片付けながら、クレオは真剣に忠告してくれた。
「朝食後、ルーファスさまはすぐお仕事で出かけてしまったので、取り残されたフィオレッラさまが大荒れなんです」
まるで台風のような言われようだが、確かに怒り狂ったフィオレッラは、人の形をした嵐だ。
「そうしておくわ」
大人しく忠告にしたがう事にした。
「昼食は、ご自分でお召し上がりになってくださいね。食欲がなくても食べれるものをお運びします」
クレオはおどけた調子で、そんな事を言って気遣ってくれた。
そして部屋を出て行く間際、子犬のようなつぶらな目でじっとカテリナを見て、言った。
「あたし、ルーファスさまは、カテリナさまが好きだと思います。好きになってしまえば、過去や身分なんて関係ありません」
「……どうかしら」
さすがにそれには答えられず、曖昧に言葉を濁した。
どんなに思い出そうとしても、真実は欠片さえも姿を現さない。