主人にお説教-2
「茶化さないで下さい。教会の連中は、本当に厄介です。この領地に麻薬を持ち込ませないようにしている事で、ルーファスさまは相当に恨まれていますからね」
「それこそ、カテリナには関係ないことだ」
「もちろん確証はありません。ですから、朝の一時とはいえ、貴方と二人きりにするのに、目を瞑っているのです」
「……ああ」
「しかし、あらゆる可能性を考慮し、恐れ抜いてきたからこそ、私達は生き残れました。足元もロクに確認できない勇猛果敢など、クソ喰らえなのですよ」
「……」
すぐ答えられず、ルーファスは黙って紅茶をすする。
カテリナに惹かれている。
それをはっきり自覚したのはつい最近だった。
本当に、彼女は風変わりだ。
目覚めた後、助けてもらった礼を何度も言い、ルーファスの身分を聞いて驚いたようだったが、特に何も彼女の態度は変わらなかった。
ランベルティーニの名前を聞くと、誰でも羨望や嫉妬の眼差しがよぎるものだ。
しかし、彼女の瑠璃色の瞳は、身分を聞く前と何も変わらなかった。
先ほど冗談で『彼女は天使かもしれない』と言ったが、ときおり本当にそうじゃないかと思う時がある。
質素で庶民的な考えを持ちながら、カテリナはどことなく浮世離れしていた。
自分は恩返しなど気にするくせに、人から一切の見返りをもとめない。
動物にも人にも無償の愛を注ぐが、それだけだ。
人や動物達は彼女に好意をよせるが、それはあくまで結果であって、カテリナはそれらを欠片も要求しない。
常に利益と寵愛を要求し続ける、今まで群がってきた女たちとは、正反対だった。
そしてカテリナは、よく城内の小さな礼拝堂に出かけては、熱心に祈りを捧げている。
ルーファスの知る、欲と権勢にまみれた司教たちより、よほど信心深い。
教会の実体を知ってから、ルーファスは神を信じなくなった。
両親の不審な死に、教会が一枚噛んでいると知った時は、通いの神父に来るのを禁じ、城の礼拝堂さえ壊そうと思ったほどだ。
それでも、カテリナが祈りを捧げている姿は、美しいと素直に思えた。
礼儀は守っても、カテリナはルーファスを、他と差別も贔屓もしない。
付き合いは短くてもわかる。
彼女はリドと同じように、『ルーファス自身』を見てくれている。
いつのまにか、身元なんかわからないままで良いと思うようになっていた。
たとえ身元がわかったとしても、カテリナを手離せる自信は、もはやない。
この危険な家にいるのは、彼女にとっても良くないと知っているのに……
「……まぁ、不鮮明な問題を議論するのは、このくらいにしておきましょう」
なんだかんだで主人に甘い執事は、話の風向きを変えた。
「最近、国内で被害が相次いでおります盗賊の件については、朝食後にまたお話を」
「ああ」
ルーファスがほっとして答えた時、不意に外から派手な馬車の音が聞こえた。
「おい、リド……あの音はひょっとして……」
「ご名答。……フィオレッラさまの馬車です」
東側の窓から外を覗いたリドが告げた。
表情は冷静な無表情をかろうじて保っているが、ドス黒く低い声から直訳すれば、
『クサレアマが、また仕事の邪魔しにきやがった』 と、なる。