神様にお願い -1
春の朝日が、キラキラと川面に光を拡散させている。
のどかで美しい早朝だった。
川べりの大きな石の上に、青年はのんびり寝転んでいた。
スラリとした長身をつつむ上等な衣服が汚れるのを気にするようでもない。
身なりに相応しく顔立ちも整っており、いかにも貴公子といった雰囲気をかもしだしている。
ハチミツ色をした髪に、両眼は晴れた空を思わせる青。
戦場で剣を取れば眼光鋭く引き締まる表情も、今は和やかで、のどかな景色をぼんやり眺めている。
時間も時間だし、ここは城の敷地内だったから、邪魔するうるさい人影もいない……今、来たけれど。
「ルーファスさま!」
猛ダッシュで駆け寄ってきた執事服の青年も、まだ若かった。
こちらはやや細身で、整った細面の顔からは、少し冷たい印象を授ける。
執事は黒髪を後で一つに束ね、ヒスイ色の瞳は聞かずとも
『また抜け出しやがって!不良領主がぁぁぁ!!』
と、語っていた。
互いの両親が引退し、それぞれの位を継いでから、領主のルーファスと執事のリドは、断固たる主従関係だ。
しかし乳兄弟という事実も、互いの信頼もそれで消えはしなかった。
「お、リド。もう朝メシはできたか?」
「何を呑気な事を……」
ギロリと、執事は睨む。
「今日は、舞踏会の衣装の打ち合わせ予定日ですよ。その他、いつもよりぎっちぎちのスケジュールが詰まっております。さっさと館に戻りやがってください」
常に沈着冷静、何事にも動じないポーカーフェイスと評判のリドも、ルーファスと二人だけの時は、尋常でない口の悪さが端々に除き、表情も実に豊かになる。
「よって、朝食の時間はカットです」
「げっ!」
思わぬ仕打ちに、ルーファスは顔を歪ませる。
「ちょ……それは酷いだろう!」
「誰かさんを探していたおかげで、もう衣装の打ち合わせ時間が迫っております」
「舞踏会の服なんて、手持ちで十分だ」
「そうはいきません!秋祝いの舞踏会でこそ、花嫁を決めて頂きます!」
拳を握って、リドは猛然と主張する。
「王宮の主宰する、一年で最大の舞踏会!!国中の姫君が勢ぞろいするんですからね!誰を口説いても断られないように、きっちりカッコつけて挑めってんです!」
「舞踏会は秋だろ!?今はまだ春だ!」
「あとたった半年です」
「俺はまだ、23だぞ」
「『もう』23です」
ため息をついて、ルーファスは肩をすくめる。
「くだらない。ちょっと口説けば誰だって簡単に誘いにのってくれるはずだ。誘う必要もないくらい、いくらでも寄ってくるんだからな」
「……世の悩める男たちが今の素晴らしいセリフを聞いたら、間違いなくアナタに殴りかかりますね」
「ランベルティーニ家の名だけで、俺はもう十分に着飾ってる」
「…………」
それを聞くと、生まれた時からずっと同じ時間を過ごしたリドは押し黙る。
「余計なもの抜きで俺を見てくれるのは、リドくらいだよ」
普段は快活で、弱みなど見せない若領主の顔に、少しだけ寂しげな表情が浮かんでいた。
実際、ランベルティーニ家というブランドは強烈だ。
貴族は多数あれど、このシシリーナ国において、領地の完璧な自治権と、一万騎以上の兵の所有を許された大貴族。
どちらか片方ならともかく、両方を許されているのは、この国でたった三家だけだ。
ランベルティーニ家の名は、目も眩むほど輝きすぎ、周囲の者から主人の顔すら覆い隠してしまう。
あたかも呪われた宝石のように……。