プロローグ-1
深夜の静寂を破る侵入者に、夜鳥たちがはばたきをあげて逃げ惑い、甲高い鳴き声で抗議を示す。
いつもなら、獣にさえも気付かれず近づけるのに、今はそんな余裕がなかった。
深い森の中を、少女は必死で這い進んだ。
森の中でもはっきりわかる、大きな明るい満月の夜だった。
「はぁっ……はぁっ……」
疲労はピークに達しており、心臓はもう2、3回壊れててもおかしくないほどの動悸を繰り返す。
罠のように地面へ張り巡らされた木の根を避けるのもやっとだ。
一歩一歩、目に見えて少女の速度は遅くなっていく。
代わりに早まるのは、死神の速度。
左腕と、右ふともも。
その二箇所からの傷が特に深かった。
止血にしばった布は、すでに血を吸いきって地面へ滴り落としている。
その匂いを追って、追っ手たちの持つ獰猛な犬たちは執拗に追撃し、着々と距離を縮める。
犬の鳴き声に振り返ると、いくつものカンテラの灯りが近づいてくる。
かすかに聞える川の音だけが希望だった。
川を渡れば、犬達の嗅覚を誤魔化せる。
しだいに大きくなる急流の音へ、死に物狂いで突き進む。
しかし……
「しまっ……!!」
暗い夜の森で、方角を間違えた。
垂直に切り立ったガケのはるかしたに、激流が渦巻いている。
予定では、もっと穏やかな流れの場所にたどりつくはずだったのに……
「いたぞ!!」
怒鳴り声と同時に、けしかけられた猛犬が二頭、少女へ襲い掛かかった。
よろめいた足元で土が崩れ、浮遊感に包まれる。
金色の長い髪が夜空に輝いた。
「……ハ、アハハ……」
激流に落下しながら、恐怖より笑いがこみ上げた。
これで茶番もおしまい。
なんてあっけない幕切れ。
ヤッパリ カミサマハ ワタシヲ オユルシニ ナラナイ……