永遠に白く-1
翌年十月に、葉子と健人の子供、真人が生まれた。
葉子の為に泣いてくれた男、二番目となった。
この頃既に、健人は就職が決まり、博士号の取得も終了していた。
バードハウスは俄かに賑やかになり、「伯父」となった晴人は、真人の夜泣きに毎晩付き合わされる事になった。
「そっかぁ、もう物件決めたのかぁ」
ソファに身を沈めているスミカは悩ましげな顔でそう言った。次のシェア相手を探さねばならないからだ。
「駅からすぐの所のマンションだから、遊びに来てよ」
真人を抱く葉子はすっかり母親の顔だ。スミカは人間って不思議だと思った。
見れば見る程健人に似ている赤ん坊。遺伝的には晴人に似るだろうに。何故かどこか健人に似ているのだった。
「結婚式は?」
「健ちゃんが仕事を始めて、真人が歩けるようになったらやろうかなって話をしてるんだ」
二階から健人が降りて来た。二人はある意味別居婚状態だ。
「あ、パパが来たよー」
普段サバサバしているスミカも、真人に話しかける時は可愛らしい声を出す。
「抱っこする?」
「うん」
健人に抱かれた真人は四か月を迎えていて、もう人の顔を認識するようになっている。
「あばぁ、だぁ」
「何言ってんだろうね」
健人は不思議そうな顔で真人を見つめ、真人はまた意味不明な声を出した。
「パパ、臭いとか」
そう言う葉子を健人は肘でつつき、真人は手足をばたばたさせた。少し広い健人の膝の上では、葉子といるよりものびのびと手足が動かせる。
「もう少しここにいたらいいのに」
ばたばたと動く真人を見ながらスミカは言うが、葉子は首を振った。
「だって、もう別居婚はうんざりだよ。これでも一応夫婦ですから」
そう言って自分より高い位置にある健人の肩に手を回した。
「お、真人だ、伯父さんだよー!」
人一倍大きな声を張り上げて自室から出てきた晴人は、健人から真人を奪った。
真人は健人の顔を見るなり顔を拉げて「うぅー」と目に涙を溜めはじめた。
「兄ちゃんと俺の顔ぐらい見分けがつくんだよ、真人は出来る子だからね」
健人は晴人から真人を奪って「ねぇ」と声を掛けた。真人はまたバタバタと手足を動かし始めた。
正直な所、晴人は複雑な心境だった。自分の遺伝子を半分持つ赤ん坊が、自分の弟の子供。弟と赤ん坊は血が繋がっていない。
この赤ん坊は大きくなるにつれて、自分に似てくるだろうか?そんな事を晴人は思った。
もう晴人には新しく恋人がいる。せめて彼女に、同じような辛い思いをさせない様に、同じことを繰り返さない様にしようと、心に誓っている。
真人の、あの小さな体を形作っているのは、自分と葉子の遺伝子。
真人を見て笑っていてくれるのは、葉子と健人。真人に「親」と認められるのは葉子と健人だけ。
もう許されてもいいだろう。二人が笑ってくれるのなら、俺は許されてもいいだろう。
バードハウスの外には、白く柔らかな雪が積もっていた。
ダイニングの天窓も白ベールで被われている。
この雪みたいに白いウェディングドレスに身を包んだ葉子の姿を目に焼き付けたら、俺は許される事にしよう。