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数ミリでも近くに
【大人 恋愛小説】

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二人の距離-1

「健ちゃん、入っていい?」
 ドアの向こうから、来ないだろうと思っていた人物の声がしたので、慌ててドアまで走った。
「葉子、どうしたの?」
 葉子の顔は、泣き出す一歩寸前まで歪んでいる。それをどうにか堪えている様で、見ていられない。
「とりあえず、中入りなよ」
 健人の部屋の中ほどにあるカーペットにへたり込んだ。
 健人はパソコン用の椅子を前後逆にして跨り、床に座る葉子を見ていた。何か口を開くまで、静かに見ていた。
「健ちゃんは」
 一言目が自分の名前だったことに少し驚きつつも、頷いて先を促す。
「健ちゃんは彼女が出来たら、顔を合わせるたびにセックスするの?」
 あまりの直球に、健人は面食らったが、質問されて答えない訳にはいかない。
「セックスはするよ。だけど顔を合わせるたびって事はないな。俺は結構淡泊だから」
 黒縁眼鏡を人差し指でぐっと押し上げる。葉子はその仕草が好きだったりする。
「もう私は、晴人の性欲には付いていけない。もう無理って言って、部屋を出て来ちゃった」
 健人は無言で頷いた。自分を頼って来てくれるのは嬉しいが、理由がそれでは――何と言っていいのか分からなかった。
 健人は性的に淡泊な部類で、逆に旺盛な彼女と付き合った時には、それが原因で別れたりした事もある。
「ねぇ、葉子さぁ、裸で抱き合うのは、嫌い?」
 床に座ったままぽかーんと健人の顔を見上げている。「セックスじゃないよ」と思考を補助してやる。
「抱き合うのは嫌いじゃない。ただあの、挿入したり、いろんなとこ舐めたり、弄ったり、そういうのは、本当に時々でいいと思う」
 葉子とは相性がいい、と健人は直感した。
「例えば俺が今日、クリスマスプレゼントに、俺を裸で抱いてくれって言ったら、どうする?」
 それを考えるだけで、葉子の心臓が口から出そうになった。一緒に血液が顔に集中するのが分かる。
「抱く、と思う。あれ、女の人は抱かれるって言うのかな」
 それを聞いた健人が乾いた笑いをすると、葉子は硬くなっていた顔を崩し、笑った。椅子から降り、本棚の一角に置いてあった四角い箱を持って葉子の目の前に座った。
「葉子が今日、この部屋に来なかったら捨てようと思ってたんだけどね」
 紺色の箱を、葉子の手のひらに乗せた。
 葉子は呼吸を殺してその箱をそうっと開いた。
 中には、星が連なるピアスが入っていた。
「これ、ヒステリックのやつ!」
「お店で買うの、恥ずかしかったんだから」
 健人の顔を見ると、眼鏡の向こうの双眸が揺れていた。顔が赤い。
「健ちゃんありがとー!」
 そう言って箱を持ったまま健人の胸に飛び込んだ。健人は受け止め、そのまま強く抱きしめる。
「ほら、こうやって抱き合ってると、二人の間にパジャマやら部屋着があるでしょ。これが無い方が、二人の距離が数ミリ、少しだけ縮まるでしょ。俺は、そこまでで大満足な訳。挿入は、時々でいい。困ったら自分で処理できるし」
 葉子は彼の胸に顔を押し付けたまま何度も頷く。
「男はみんな、セックスの事ばっかり考えてるんだと思ってた」
 煙草を吸わない健人は、健人の匂いがする。葉子は更に身体を寄せる。
「男にも色々いるからね。男同士で済ませる人だって、やらなきゃ気が済まない人だって、金払ってまでやる人だって、千差万別ってやつだ」
 葉子は健人に抱かれたまま顔を上げると、上から優しく微笑む健人が見ていた。
「健ちゃんと晴人の差は、パンク好きかどうか、それだけって言ったでしょ」
「言ったね」
 健人はその言葉に、自分がどうしても手に入れる事が出来ない物があるんだと、一瞬あきらめに似た感情が沸いた事を思い出す。
「今はね、二人の差は、セックスに執着するかしないか、そこなの」
「どっちが葉子のお好みなの?」
 再び健人の胸に顔を埋める。
「健ちゃん」
 その言葉を耳にして大きなため息を吐いた健人は、「はぁ良かった」と口にも出した。
「ここまで来て、兄ちゃんの名前言われたらどうしようかと思ったよ」
 葉子の長い髪を撫でる感触が、いつも好きだ。
「兄ちゃんに行ったり、俺に戻ったり、そんな事、しないでね。俺はそれだけが心配」
「しないよ、大丈夫」
 何度か髪を撫でていた。静かな時間が流れる。
「ねぇ健ちゃん、今日はさ、一緒に寝ようよ。健ちゃんのベッドで、裸で」
 きょとんとした健人の顔を見上げ「ダメかなぁ」と顔を傾げる葉子が可愛くて、更に強い力で抱きしめ、「苦しい」と言われた。
「駄目な訳ないでしょ。一緒に寝ようよ」
 傍にあったベッドに入り込んだ葉子は、布団の中でパンティ一枚になった。
「健ちゃんもパンツは履いてていいよ」
 眼鏡の奥で健人は苦笑いした。まだ男と言う生き物を警戒しているのかも知れない、そう感じたからだ。
 部屋の電気を消し、ベッドの宮に眼鏡とプレゼントを置いた。
 健人にとって史上最高のクリスマスプレゼントは、裸になった葉子の温もりと、彼女の匂いだった。


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