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数ミリでも近くに
【大人 恋愛小説】

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アナログ盤-2

「葉子?」
 ベランダから声がした。さすがにこの季節はカーディガンじゃ寒いのでコートを引っ掛けようとすると「部屋に来て」と言われたので、ドアから晴人の部屋に入った。
「さぁさどうぞどうぞ」ベッドに腰掛けるように言われ、煎餅みたいになった布団に腰掛けた。パイプベッドのパイプが恐ろしく硬く、冷たい。
「これが俺からのクリスマスプレゼント」
 渡された四角く平らな袋を開けると、一枚のアナログ盤が出てきた。
「ピストルズ?!」
 素っ頓狂な声をあげた葉子を見て、晴人はご満悦と言った表情だった。
「復刻版だけどね。部屋に飾るにはちょうどいいかなって思って」
 葉子は表も裏も、穴が開くほど見ている。
「これ、どっち向きに飾るか迷うー。毎日ひっくり返そうかな。罪作りなアナログ盤めぇ!」
 以前ライブチケットを譲った時の、あの笑顔だった。晴人が心動かされた、幼子の様な笑顔。
 晴人は部屋の電気をいきなり消し、葉子に飛びついた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「待てないよ、今日はナマで出来る日なんだし」
 その言葉に葉子の何かが反応し、自分より大きい晴人をぐいと押しのけた。
「セックスセックスって、晴人はそればっかり。愛情表現だって言ったって、顔を合わせる度にそんなんじゃ、嫌だよ」
 葉子は渾身の力を込めて言葉を吐きだした。晴人もそれに応酬する。
「付き合ってる二人がセックスするのは普通だろ?今頃スミカもしてるよ。誰だってそうだよ。好きだからするんだよ。好きだけどしないなんて、蛇の生殺しもいい所だよ」
 葉子は拳を握ったまま暫く黙ってその場に立っていた。
「ごめん」
 蚊の鳴く様な声で呟いた葉子の声は、晴人には伝わらなかった。「へ?」
「ごめん、晴人のペースには付いていけない。恋愛経験が少ない私には、無理」
 そう言うと、アナログ盤を床に置いたまま、部屋を出て行った。
 晴人の部屋のドアが閉まる音しかしなかったところを見ると、そのまま健人の部屋に向かったんだろうと思った。
 晴人はベッドに横になった。暗闇の中、何かが崩れていく音がした。
 健人と――健人と葉子なら、ペースが合うのかもな。自虐的だと思いながらもそう思わずにいられなかった。
 そのうち二階からドアの閉まる音が聞こえてきた。
 晴人は置いてけぼりになったアナログ盤を、ベッドの宮に立て掛けた。
 あの笑顔は、もう、俺の元には戻ってこないかも知れない。


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