初秋の初夜-1
「スーミーカーちゃん」
隣の友達を呼ぶ小学生のような声だ、葉子は自分でそう思った。
夕食の後、スミカの部屋を訪れた。
水色のドアをノックすると「どうぞ」と中から声がしたので、ノブを回して中へ入った。
以前とは違う香水の匂いがした。
この人は男が変わる度に香水の匂いが変わる。この匂いは対健人用か。
「何かあった?」
いつものようにカーペットに脚を投げ出して座り、スミカはベッドに腰掛け華奢な脚を伸ばした。
「あのさぁ、セックスってどう?」
いきなりの質問にブワッと笑ってしまったスミカだが、葉子があまりにも真面目な顔をしていたので、咳払いを一つした。
「どうって言われても――何、晴人とするの?」
ストレートな物言いはお互い様で、葉子はさっと頬を赤らめた。
「するかどうかは分からないけど、どうしたらいいのかなーって。何か、特別に私がしなきゃいけない事ってあるの?」
顎をこぶしに乗せて「うーん」と唸ったスミカが「何もない」と答えた。
「あんなの、男に任せておけばいい。痛いなら痛い、気持ちがいいなら気持ちがいい、素直にやっときゃどうにでもなるって」
ほほー、と頷く葉子が生真面目で可笑しい。
「健ちゃんとスミカもそうやってやってるんだね」
「何か生々しいからそういう事言わないでくれる?」
嫌悪感丸出しの顔でそう言われ「すみません」と葉子は謝った。
スミカは窓が開いていない事を再度確認した。こんな話、健人には聞かれたくなかった。
「お邪魔しました。今日のハンバーグ、美味しかったよ」
そう言い残して、葉子はスミカの部屋を後にした。
葉子はとうとう、操を捨てるんだな。スミカはチョットだけ親のような気持ちになった。
窓を閉めている葉子の部屋には、煙草の煙は届かない。
もう秋だ。冷えはじめた秋の夜でも、晴人は外で煙草を吸う。少しだけ可哀想に思う。
ベランダを見遣ると、いつもの様に蛍みたいな煙草の光りが、強くなったり弱くなったりを繰り返していた。
葉子はパジャマの上にカーディガンを引っ掛けてベランダに出た。
「おっす」
「おう、寒くない?」
カーディガンを握って見せた。大丈夫、と。
「冬になってもこうやってベランダで、煙草吸うの?」
冷たい風に顔を顰めながら晴人は「そうだね」と言う。
「煙草は値上がりするし、喫煙所は減る一方だし、喫煙者には厳しい世の中だよ」
悲観するような顔付きで灰皿に灰を落とすので「やめたらいいじゃん」と言うと、「そんなに簡単にやめられないの」と返ってくる。
「ねぇ、寒いでしょ。温めてあげるって言ったら、どうする?」
「は?」
「セックス、してもいいよ」
葉子の顔をまじまじと見ながら、手元を見ずして灰皿に煙草を押し付けると、夜風に灰が少し舞い上がった。
「行くぞ」葉子の腕を掴み、ベランダから晴人の部屋に入り、葉子はベッドに押し倒された。頭上に置かれた灰皿からは、煙草の匂いがした。
スミカに言われた通り、彼に全てを委ねた。
ベッドの横に貼ってあるシドヴィシャスに、行為を見られている様で、恥ずかしかった。
思っていたよりも単純で、簡単なものなんだと知った。
これを好きこのんでやる世の中の恋人たちの気がしれない、そう葉子は思った。
「こんなもんで繋がりあってる人間は、猿か犬だ」
ベッドの上でパジャマを着ながらそう呟くと、それを耳にした晴人は「またぁ?」とだるそうに項垂れた。
「仕方ないじゃん、人間てそう言う風に出来てんの。男が凸なら女は凹でさ。組み合わさる様になってるの」
「だからそれが猿や犬だって言ってんの」
晴人は頭をゴシゴシと掻いた。葉子の頭の中では、セックスとは繁殖行為に過ぎないらしい。
「俺たちは、猿や犬とは違う。子孫を残すためにこんな事をする訳じゃないんだよ。犬も猿も、快楽の為に交尾してるわけじゃないでしょ?繁殖行為でしょ?」
我ながら良い事を言ったと思ったが、葉子には響かなかった。
「じゃぁ晴人は、快楽の為にセックスしてる訳か」
「はぁ?!」
もう何も言うまいと思い、黙った。この話題をストップさせた。
丁度パジャマを着終わった葉子に、落ちていたカーディガンを優しく掛けてやった。
「変態、触らないで」
一喝された。もう何もするまい。