torment-1
大学生が降りた後の車両はがらんとしている。
目的地迄はまだ長い。
まどろみながら窓の外を見下ろす。
人は、あまり歩いていない。
カバンを開き、単語帳や文法ドリルをよけてイヤホンを引っ張り出す。
流れて来るのは、いつも聴いている一番好きな曲。
静かな揺れが私を夢の世界へ導く。
こっちが本当で、あっちが夢ならいいのに…
ふと目を覚ますと、そこは一番大きな駅だった。
沢山の人が降り、沢山の人が乗って来る。
そんな中で私は、彼と目があってしまった。
『自意識過剰だ』と笑われてもいい。
彼は、じっと私を見ている気がした。
心臓が、ものすごい速さで脈打つ。
夏でもないのに背中を汗が伝う。
目的地まであと一駅。
足が震えだす。
目的地に着いても、立ち上がることすら出来ない。
彼は、私を見ながら降りて行った。
真っ青な顔の、私を見ながら…
電車は、また、ゆっくりと走り出す。
もうすぐ終点。
降りずに、そのまま折り返す。
―チャンスは、もう一度だけ。
何度も深呼吸をする。
…でも、足が震えてしまう。
あの場所に近づくにつれ、恐怖と孤独が私を支配する。
足や指先でおさまっていた震えは、いつしか全身に回っていた。
駅に着く頃、私は寒気や吐き気に襲われていた。
隣に座っていたおばさんが心配そうに声をかけてくれた。
私は苦笑いをして、また窓の外を見下ろす。
今日もまた、たどり着く事は出来なかった。
数日しか使われなかった私の机は、きっと、埃をかぶっている。