非日常へのスイッチ-9
「夜うまくいってないなんて、嘘をついてしまったよ。カズヤ君には少し悪いことしたかな?」
「もう、あなたったら。あんまり悪いなんて思ってないんでしょう?」
実際、夫は何も悪びれず、表情も変えずにそう言った。
十数年連れ添ってきたが、妻のわたしですら、トシオの心の底にあるものが見えない。
「君も、マイさんに同じようなことを言ったんだろう? それで、彼女は納得してくれたかね?」
「……ええ、若いからなのかしら、思ったより乗り気で聞いてくれましたわ。それとも、本当にカズヤさんとうまくいってないのかしら」
「カズヤ君は、マイさんの事を大切にしているようだったよ」
「ねぇ、あなた……本当に、やるんですか?」
「まだカズヤ君に答えは聞いてないが、そうなるだろう。それに、そうしなかったら君を他の人間にあずけると言ってしまったしな」
「そんな事まで、言ったんですか?」
「君は、カズヤ君には相当好かれているようだな。そう言ったら、他の人間に君をあずけるなら俺が、と鼻息を荒くしていたよ」
「……」
「たまには、若い男と一緒にいるのもいいだろう? 彼は、君より4つ下だったか?」
「……あなたと、マイさんは一回り違いますわ」
「おや、少しは、嫉妬してくれるのかい?」
トシオは口の端をほんの少し釣り上げて、うっすらと笑った。
所詮人間なんて男も女もいい加減なものだ、というのがトシオの持論だった。
他人のあら探しをするような仕事を続けた結果、そういう結論に至ったのだろうか。
この提案も、人はどこまでいい加減になれるかという、トシオが考えた実験のような気さえする。
だが、どこか魅かれる実験でもあった。
隣人の男性は、トシオとは全く違うタイプだが、素朴で好感の持てる男性である。
その男性から、多少なりとも好意を持たれているのは、新鮮で刺激的な気もした。
その男と、三日間共に過ごすという事を考えると、体の内側が熱くなってくる。
そんなわたしを、トシオはずっと見つめ続けていた。