非日常へのスイッチ-6
「ところで、カズヤ君、実は相談があるのだが聞いてくれるかね?」
「俺に、ですか? トシオさんが相談なんて、なんだか怖いな」
「君が一番相談相手に適任だと思ったんだ。実は、ユウコの事でね」
「ユウコさんが、どうか、されたんですか?」
「ちょっと、恥ずかしいんだが……最近、夜のほうがうまくいかなくてね」
「ええ? ユウコさん、と、ですか?」
「ああ、私は彼女のことを愛しているんだが、なぜだか少々噛み合わないというのか。ここしばらくそういう状態なんだ」
「は、はぁ……」
「長く夫婦生活をしてると、そういう時期もあるんじゃないかと思うんだが、あんまり長く続くと良くない事になりそうな気がするんだよ」
「そう、なんですかね……」
俺は曖昧に答えつつ、内心衝撃を受けていた。
トシオが言ってるのは、むしろ俺とマイの事ではないのか。
聡明なトシオが良くない事、などと言っているのがひどく気になった。
そういえば、ユウコも先日同じような話をしていた。
「どうしようかと考えたんだが、ユウコも私もちょっとそれぞれ旅行してみようかと思ったんだ」
「旅行ですか、それはいい考えかもしれませんね。気分転換にはなるんじゃないですか」
「旅行というのは、いろいろ勉強にもなるし、今の生活を見直すきっかけにもなりそうな気がするんだよ」
「そうなんでしょうね。で、どちらに行かれるんですか?」
「そこで、相談なんだが……」
「はい、なんでしょう?」
「ユウコを、君の家で何日かあずかってくれないかね?」
「え? 今何とおっしゃいました?」
「ユウコを、君の家に出したい。代わりに、私がマイさんをあずかる」
「え? …………えええ? ちょっと、そんな事言われても……」
「考えに考えたことなんだ。信頼出来る相手じゃないと、これは出来ない」
「そんな……俺には仰っていることが、わかりませんよ」
「君は、ユウコの事が嫌いかね?」
「そんな事ありませんけど……ユウコさんが、そんな話受け入れるはずがないでしょう?」
「ユウコは、君がよいと言えば、受け入れる」
「……ええ? それは、本当、なんですか?」
「ああ、本当だ」
「……そんな事をして、何になるんですか?」
「旅行と一緒だよ。何かいい具合に変わると、私は信じている。このままでは変わらないからね」
「俺には、マイがいるし、彼女を愛しています」
「だからこそ、君に相談したんだよ。マイさんを愛しているなら、おかしな事にはならないだろう? 私も、ユウコを愛している。誓って君に迷惑はかけないよ」
「……俺がユウコさんをあずかるという事は、ユウコさんと寝る、という事になるかもしれませんよ? いいんですか?」
「無理矢理は困るが、お互い同意の上なら構わないよ。逆もまた然りなのは、理解してくれるね?」
「そ、そう言われても、でも、やっぱり、俺には……」
「そうか。君が駄目なら、残念だが、他をあたるしか無いな」
「な……! ちょっと待ってください! 他って!?」
「君が一番信頼出来るんだが、駄目なら他の人を探すしかないんだ」
「他の人に、ユウコさんを抱かせるとでも言うんですか……そんなのは、駄目ですよ」
「カズヤ君、私は、彼女を幸せにしたいだけなんだよ」
「……そこまでおっしゃるなら、俺があずかります」
「そうか、引き受けてくれるか」
「ただ、マイと少し相談させてください」
「そうだな。ただ、私もまた仕事が忙しくなるかもしれないから、そんなには待てないんだ。3日くらいで返事をくれるかな?」
「わかり、ました」
「無理なお願いをしてしまったな。悪いようにはしないと約束するよ。詳細は後日話そう」
まさにとてつもなく、無理なお願いだった。
トシオは冗談でこういう事を話す男ではない。口調は穏やかだが、真剣だった。
しかも、俺とマイの現状を指しているかのような話の内容である。
俺に、ユウコさんを3日託す。
そんな事を本気で考えなければならないほど、トシオとユウコは追い込まれているのか。
俺には、二人がそういう風には見えなかった。
では、何故トシオがこんな相談を俺にしたのか。
俺にはどうしてもその答えが出てこなかった。