非日常へのスイッチ-10
「そうか、やってくれるか。駄目なときにと、別の人選も考えていたんだ。これでその必要は無くなったな、ありがとうカズヤ君」
「はい……それで、いつ始めるんですか?」
「まず3日間でどうだろう。金土日だ。実際は、金曜の夜からになるだろうが。我々が休みの時じゃないと、あまり意味が無いからね」
「あの、その間、ユウコさんやマイの扱いは……」
「基本的に、自分の妻に準じた扱いをしよう。マイさんも、納得してくれてるね?」
「はい、一応は……。妻に準じる、というのは」
「言葉通りの意味だ。ただ、お互いの同意の上で何事もされるべきだろうな」
「同意があれば、何をしてもいいと?」
「そうだ。あと、我々は隣家同士だから、お互いに行き来してしまうと緊張感を欠いてしまう。金、土は顔を合わせないようにしよう」
「はぁ……どうしても連絡を、という場合はどうすれば?」
「電話かな。あと、日曜は夜に皆で打ち上げをしようか。準備は私がやろう」
「5日後から、ですね」
「そうなるかな。カズヤ君、緊張しているのかな?」
「そりゃあ、こんな話、前代未聞ですし」
「お互い緊張しあうのが目的でもあるんだよ。結婚生活が長くなって、そういうものを感じなくなってしまっているからね」
「そんな、もんですかね」
「始めてみれば、わかるさ。ちょっと早いが、ユウコをよろしく頼むよ」
「こちらこそ、マイを、お願いします」
お願いします、と言った今もまだ迷いがあった。
本当にこれでよかったのだろうか。トシオの表情も口調も普段と何も変わらない。
自分の妻が他人の妻と入れ替わる。
普通ではあり得ない事だが、トシオにとっては日常の延長線上の事に過ぎないのだろうか。
ここ二年の間、トシオには相当に世話になっていた。
困ったことがあった時は、彼に相談すれば嫌な顔ひとつせず淡々と解決してくれた。
旅行なども、何度となく彼が計画して連れて行ってもらった。
旅費など支払おうとしても、断固として受け取ろうともしない。
そんな彼の頼みだから、俺は引き受けたのだろうか。
トシオの妻、ユウコは俺の目から見て素敵な年上の女性である。
彼女を妻とするトシオを、正直いくらか羨ましく思ったことはあった。
それが、三日間とはいえ、俺の妻という事になる。
本当は、トシオに言われたからじゃなく、俺がユウコと暮らしたいんじゃないのか。
俺は、マイを愛しているはずなのに……
同意があれば、何をしても――
その言葉が、俺の中を駆け巡っていた。