I wish〜my memory〜-1
時計の針が揃っててっぺんを指す頃、私は、2人の男の人と自宅のリビングに居た。
頭は真っ白で、指先や口唇は細かく震えていた。
2人は顔を見合わせため息をつき、部屋を出た。
代わりに入って来た女の人は、私に温かい缶コーヒーをくれた。
「あ、スミマ…」
口を開いた途端、私の目からは涙がこぼれ落ちた。
ガタガタと震えて出す私を、彼女は、優しく、強く抱きしめた。
「…っ先輩」
優しくて、綺麗で、面倒見がよくて、人望があつい。
私の憧れの先輩が、静かに運び出された。
…私は、そのまま気を失った。
…先輩
初めて出社した日、駅で困っていた私を助けてくれた。
その30分後、会社で会って2人して驚いて、同じアパートに住んでいるとわかった時は、2人して笑った。
私の指導係だった先輩は、いろいろな事を教えてくれた。
一日中一緒にいて、気も合ったせいか、打ち解けるのにそんなに時間はいらなかった。
…私の大好きな先輩。
ずっと前から付き合っていた彼氏と同棲するようになってから一緒にいる時間は減ったけど、会社ではやっぱりいつも一緒だった。
…いつからだろう?
先輩の様子がおかしくなったのは。
ある日、先輩の黒いストレートは、茶色…と、言うより金色に近いウェーブに変わっていた。
色が白い先輩とその色の組み合わせは、皮肉な程似合っていた。
…長い黒髪にどれだけこだわりを持っていたかを知っていた私には、信じられない光景だった。
何日もしないうちに、私の元に噂が舞い込んだ。
…先輩は彼氏と別れたらしい。
先輩の大幅なイメチェンに誰もが頷いた瞬間だった。
同時に、先輩は付き合いが悪くなったと周りが囁くようになったけど、そんなことより私は先輩から笑顔が消えたことの方が気になっていた。
いつでも笑顔を絶やさない人だったのに、作り笑いすらしない。
…先輩は、どうなってしまうんだろう?
先輩は、仕事中にぼんやりする事が多くなった。
初歩的なミスも犯すようになった。
明るさなんてとっくに消え失せ、常に余裕のない表情を浮かべていた。
それから1ヶ月、先輩は会社に現れなかった。
電話をしてもつながらず、家に行っても留守だった。
これから先輩はどうなってしまうんだろう?
つい1、2ヶ月前の事が、戻れない遠い過去のように思える。
…そして、それは現実になった。
ある朝、私が出社すると、オフィスはやけにがやがやしていた。
みんなの目線の先には、パソコンに向かう見知らぬ女性。
…あれは
「…先輩?」
そこに居たのは、やっぱり私の見知らぬ女性。
透き通るような白い肌、綺麗な金色の髪、青く澄んだ瞳に、抜群のスタイル。
高い鼻に、切れ長の目。
どれをとっても完璧なはずなのに、なぜか異様にバランスが悪い。
彼女は、狂ったようにキーボードを叩き続けた。
そんな彼女の姿を見ていられなくなった私は、トイレに駆け込み、声を殺して泣いていた。
先輩は、その日のうちに1ヶ月分の仕事をやってのけた。
昼食も休憩もとらず、ひたすらパソコンに向かっていた。
…自分を追い詰めているように見えた。
「…みなちゃん」
振り返った私の前にいたのは、私が好きな先輩の面影もない先輩だった
「これ、コピーしておいてくれる?」
「は、はい」
「…ありがとう」
先輩は、力無く笑った。
これが、先輩との最後の会話だった。
その日、家に帰った私は、先輩の事が気になって、家を訪ねることにした。
同じマンションの二階上
呼び鈴を押しても返事はなく、ドアをひねると、鍵は開いていた。
「…先輩?」
返事はない。
「先輩?せんぱ…っ!?」