ニコラウス捜し-1
「行、車止めて!」
切羽詰まった叫びに押されて、向井行(むかい ゆき)は反射的にブレーキを強く踏みつけた。
時速百キロ超からの急ブレーキに、タイヤが嫌な音を立てて地を滑り、後部座席からぎゃっと短い悲鳴が上がった。
「危ないだろ!」
「死ぬかと思った……」
行は隣席の元凶に怒鳴りつけた。
後部座席の下にひっくり返った姿勢のまま、無事を噛み締めるように呟いたのは弟の築行(つきゆき)だ。
深夜に及んでもなお埒の明かないこの探索行に、彼はうとうとし始めていたところだった。
「仕方ないでしょ、鈴の音がしたんだから」
乱れた髪を直しながら、妹の郁(いく)はけろりと云った。
「ほら、静かに」
し、と唇に指を押し当て、郁は沈黙した。視線はじっと空にすえられている。
二人もつられるように黙り込み、同様に目を凝らした。
車に迫り来る無数の雪片。その雪片の向こうの暗闇。闇の向こうに灰色の雲。
異状なし。
ワイパーが五往復、降りかかる雪を払ったと同時に、築行があくびをした。
「築(つき)」
郁の眉がぴくりと上がったのを見て、行は彼女より先に弟をたしなめた。
妹の説教癖を放っておけば、不まじめな態度を見逃すよりも長い時間を費やすことになるだろう。
時間がなかった。郁の頼りない探知力のせいで幾度もむだ足を踏まされている。
だが、その頼りない郁の能力だけが頼りだった。行と築行では、十二月に入って国中で鳴っている音と、『目標』の発する鈴の音を聞き分けるのは難しい。
「郁、本当に聞こえたんだろうな」
郁はむっとした顔になった。
「本当だってば。絶対、大雪の鈴だった」
「鈴なんて全部一緒に聞こえるけどな」
築行が後部座席に乗り上げながら云った。
「おれには大雪とマリアの区別もつかない。お姉ちゃんだってこないだ、逆髪とマリア間違えてただろ。ほんとに音わかってんの」
指摘されたのが恥ずかしいのか怒ったのか。郁が少し顔を赤くした。
「逆髪とマリアは双子のメス、大雪はオス! 間違いの度合いが違うわよ」
「ってもさー、」
「黙ってろ、築」
口答えしようとした築行を行は遮った。三人とも、寒さと眠気で苛立ち始めている。
無理もない。かすかな音を聞き漏らさないようにと、暖房も音楽もなしで五時間近く走り続けだ。
「ほらお前ら。無駄口叩いてないで集中しろ」
「行はいいよな、運転してるだけだもん」
築行の憎まれ口を、彼は無視した。