ニコラウス捜し-2
「いいから。とにかくちゃんと空見てろ。ほんとに聞こえたってんなら、近くに橇雲があるかもしれないだろ。郁は耳澄ましてろ」
二人は「はーい」と肩をすくめた。
嫌味を云いたいのは行とて同じだったが、彼には二人の機嫌をとる必要があった。受験生の郁と築行を、この探索行に引っ張り出したのは彼だったので。
その彼を引っ張り出した母親は、今ごろこたつでテレビでも見ながら、三人の帰還を待っているのだろう。そう考えると、行はハンドルに突っ伏したくなった。
憎い。
だが、何で俺がと考えても詮無いことだ。『彼』の探索を成し遂げられるのは、この三人より他にはいない。
彼。
向井仁行(むかい にこう)。
三人の祖父である。行は是非にも祖父を見つけねばならないのだ。
絶望的ではあるけれど。何しろ大雪とマリアと逆髪は並のトナカイではない。
特別な血統に生まれ、特別なエサと訓練で育てられた、まさにサラブレッドトナカイだ。
特にリーダーの大雪は、歴代随一と謳われ、豊富な経験と、祖父との強い絆を持っている。
行が格安で買った、中古の軽自動車とはスペックが違いすぎる。
ついでに祖父と3人の孫のスペックも違いすぎる。三人寄ったって3パーセントにもなるまい。
行はアクセルを踏んだ。
「おばあちゃんがいたら、こんなことなかったのにね」
歳が歳だから仕方ないことかもしれないけれど、彼らの祖父に限ってはめったに勘違いや物忘れをしなかった。
だが祖母がいなくなってからは何やらしょんぼりしていたというから、郁の言葉は案外正鵠なのかもしれない。
「行」
築行に呼ばれ、行は何だと聞き返した。バックミラーの中の築行は、大きく仰け反ってリアガラス越しの空を睨んでいる。
「あれ、上、おじいちゃんの跡っぽくね?」
行は再びブレーキを踏んだ。
見上げた先にいつの間にか晴れた夜空が広がっている。だが先刻とは違って、黒地に白い二重の筋が彼らの頭上を横切っていた。
三人は歓声を上げた。
大学の講義で聞きかじったとおり、猛スピードで空気を切り裂いて橇が進むと、その空の傷は気圧が下がり白く色づく。
条件が重ならなければできず、すぐに消えてしまう、半分幻のようなものだ。
だが見た目はどうでもそれは、さほど遠くない……おそらく数分にもならない過去に、祖父がいたという確かな証拠だ。
もとより、どう転んでも追いつくのは無理なのだ。
となれば、追いかけているこちらに気付いて"もらって"、引き返して"もらう"。
それが今回の作戦だった。情けない話だが。
祖父の橇は飛行機と違い、超高度を真っ直ぐ飛び去るものではない。距離さえ離れていなければ、こちらから呼びかける方法もあるのだ。
捕まえられるかもしれない。
やっと希望が見えてきた。冷えた体がにわかに熱くなった。
見つかりそうだとなると安心したのか、郁がやけにしんみりした口調で彼を呼んだ。