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昨日のサヨナラ
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昨日のサヨナラ-1

遺体安置所に入りきらない程の棺桶を見て、鳥肌が立った。
もし、あの棺桶の内のどれかに彼が入る日が来てしまったら、私は狂ってしまうだろう。私を包みこむのは、恐怖や不安などと言った陳腐な言葉ではないのだから。
「総司令官、見送りの時間です」
私を現実へと引き戻す部下の声。耳を塞ぎたくなる衝動を抑えて、必死に歩を進める。
あぁ、あともう少し。もう少しであの忌まわしい瞬間がやって来る。
戦場へ彼を送らなければならない瞬間が。
「よ、コウカ」
聞き慣れた声に慌てて振り向く。
「……行ってくる」
普段は陽気な彼が発するその言葉に、私は嫌悪する。
それ以外に方法がないからと言って、私が彼を無理矢理戦場へ向かわせているのだと。
「……いってらっしゃい」
必死に紡いだ言葉は泡沫のようで、私は想いを込めることができなかった。
行かないで、と引き止められたらどんなに楽か。
けれど、私にその権利はない。それが痛い程にわかっているから、私はそう返すことしかできなかった。
「大丈夫、俺は必ず帰ってくるよ」
ふわりと抱き締められる感触に、一瞬涙腺が緩んだ。
人が生きているという感触。
そこに人が存在するという証明。
このまままどろんでいたい衝動にかられる自分を叱咤して、彼から身を離した。
「……いって、らっしゃい……!」
溢れそうな想いを引き戻して、再度確認するかのように呟く。
恐怖や不安などではない。
私を包みこむのは、彼を失うことへの孤独感。
泣き叫んで彼を引き止めたい。
行かないでと縋り付きたい。
私を独りにしないでと。
「……俺は必ず帰ってくるよ。約束、するから」
彼は私の手を取りながら呟いた。
「約束、するから……」
私に言い聞かせるように、彼は何度も呟いた。
船の出航時間になっても、彼が私の手を離すことはなかった。
流石にこれ以上引き留めるのは不味いと思って、彼の手を振りほどこうとしたが、彼はそれを許さなかった。
「ゼロ、もうこれ以上は」
「帰ってくるよ」
私の言葉に多い被せるように彼は言った。
「コウカが待ってくれているから、俺は絶対に帰ってくるよ」
私の手を握る力が強くなった。
あぁ、彼も自分に言い聞かせているのだ。
絶対に帰ってくると。
「……待ってるわ」
彼の顔を見つめながら、精一杯微笑んだ。彼も私に微笑み返した。


夕日をうけて、私の左手の薬指にはめられた指輪が光った。


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