『ビル屋上の寒気団』-1
「ねぇ、」
「ん?」
「死ぬの?」
「止めてよ」
「どうしようか」
「最悪」
「今までもそうだったよ」
「だから死ぬの」
「僕のせい?」
「そうだよ」
「でも僕は殺してあげない」
「君がこれからずっと覚えててくれるなら、自殺でも我慢するよ」
「忘れちゃったら、ごめんね」
「嫌。」
この人があたしのことを覚えててくれる保障なんてどこにも無いけど。
むしろこいつはキレイに忘れてしまうだろう。
たとえあたしが目の前で消えてしまったとしても、この人にとっては大したことじゃないから。
それでもあたしは死ぬ。
1分、1秒でも長く、あたしのことを考えていて欲しい。
たったそれだけの願いのために、あたしは死ぬ。
地上から50メートルも離れた世界。
ここはこんなにも風が冷たくて、こんなにもあたしはひとりぼっちだ。
「せめて背中だけでも押してよ」
「もしそれで落ちたら、僕、殺人犯だよ」
「ダメ?」
「ダメ」
「しょうがないなぁ」
「でもちゃんと見ててあげるよ」
「遺書とかないと。下手したら君、捕まるよ」
「そんなのなくても捕まりそうだけどね」
「そうだね。君なんか捕まっちゃえばいいんだ」
「うん、そうかもね」
「じゃあ、そろそろいくよ」
「うん」
「荷物はいらないよね?」
「いらないでしょ」
「そう」
「じゃあね」
「うん。バイバイ」
あたしの口からこぼれて空中に構築されたそれは、重力に逆らいきれずにあっという間に地面に落ちて、砕けた。
アイスクリームが溶ける。手首を流れ、小指、薬指、中指をつたって、落ちた。
「バイバイ」
男の声は、風にさらわれた。