プロローグ-1
短い夢を見た。
久しぶりに見る妻の笑顔は、どこかはかなくて。
手を伸ばしても、ただ手を振り返すだけで、あともう少しで届く、というところで圧迫感を感じて目が覚めた。
すっかり寂しがりやになった娘(といっても真っ黒な毛に覆われたラブラドールなのだが)が人の腹を枕代わりにしたせいだ。
一人で眠るには大きすぎるベッド。
娘を起こさぬように手を伸ばして携帯を開くと、まだ目覚ましが鳴るまでには少し時間が早かった。
『ねぇ、一緒にスマホにしようよぉ』
一緒に出かけた携帯ショップ。
妻はそう誘ってくれたのに、
『スマホどころかむしろ年配の方向けの例のヤツでいい』
そう答えたオレに爆笑してくれた妻。
彼女のことを思い出すのも、夢を見たのも久しぶりだ。
壁にかかったカレンダーを見る。
…そうか、今日は結婚記念日か。
去年の結婚記念日は、リビングのソファに3人(正確には2人と1匹だが)で座ってサッカーを観て過ごした。
妻は残業になってしまい、夜中なのに、とブツブツ文句を言いながらもオレが焼いたステーキを満足そうに食べていたんだ。
ケーキすら買いにいけなくて、妻が帰り際に買ってきたコンビニのケーキをつついたり。
『10回目の来年の結婚記念日はちゃんと外食してお祝いしようね』
なんて笑っていた妻は、それから2ヵ月後に出て行った。
『もう限界なの』
と寂しそうに笑って、自分の署名捺印をした緑色の紙を置いて。