涼子ご立腹-1
十一月になり、風が急に冷たくなった。会社の前を流れる川には、茶色や黄色の落ち葉が蓮の花の様にそこら中に散らばって、その存在をアピールしている。この川は私の家の横を流れる土間川の下流に位置している。家の横ではそれなりの流れがあるこの川も、ここまでくると殆ど淀んだ水の溜まり場だ。
久しぶりにDMGホテルに呼ばれた。冷たい風に晒されない様、首にストールを巻いた。冷えは美容の天敵、らしい。それよりも、それがある事により少し女性らしく見えるので、ストールを持ち歩いている。
駅前まで着いたところで、課長が前を歩いているのを見つけた。私は走り寄り「お疲れ様です」と言った。
課長は細い目を目いっぱい細め、「お疲れ様」と言った。
いつもは誰かにばれないようにと待ち合わせをせずにホテルへ向かう。神谷君にホテルに入るところを見られたあの日、入口でばったり鉢合わせをしたが、それ以来一度も鉢合わせしたことが無かった。
「珍しくタイミングが合ったね」
「そうですね、久々ですね」
こうして並んで歩いている時に、腕に絡みついたり、手を繋いだり、出来ない関係が歯がゆかった。自分が選んだ道だ、我慢しなきゃ。
「そういえば、八月に奥さんがいらしてた時、駅ビルでお見かけしました」
ベッドの布団に胸まで入り、そんな話を切り出した。言おうと思っていてなかなか口に出来なかった話題だった。課長は枕を背中に当てて腰掛けていた。
「はは、そうか。見られちゃったか」
苦々しく笑った。
「素敵な奥様でした。お綺麗で、スタイルもよくて、背が高くて、課長の隣がぴったりでした」
思った通りを口にしたが、口にした途端に嫉妬心がドロドロと吹き出してくる。
「僕の隣は、今は沢城さんだよ。僕に奥さんなんていない」
横になっている私の額にかかった前髪を、サラリと撫でた。
「そう言う風に自分を誤魔化そうとしても、やっぱり見てしまうとダメですね。奥様のお顔が頭を離れないんです。嫉妬しちゃいます」
カッコ悪いな、と思いつつも、心情を吐露した。
「嫉妬なんてする必要はないよ。だって今僕の横にいるのは沢城さんで、それ以外いない。僕は今、沢城さんを一番に思ってるんだから」
そう言って少し照れたように笑うのだった。眼鏡を外してどの程度見えているのか分からない。自分の将来についてはどうだろう。どの位見えているんだろう。
私とはいつまでこうしているつもりだろう。どんな高性能な眼鏡を掛けたって、易々と見えるものではないし、会社の鶴の一声で、二人の関係は終わる。
一番だったものが二番になるんじゃない。一番には就くべく人間が就き、二番以降は消えてなくなる。