神谷君別れる-1
「そのピアス、似合ってるね」
涼子は課長に買ってもらったピアスを指さして言った。
「そう?ありがとう」
ピアスを揺らしてみせた。
「もう九月になっちゃったけど、夏っぽくて爽やかでいいじゃん」
もう九月か――。まだ蝉が鳴いている。まだ暑い。それでも世界は回っていく。時間は刻々と過ぎていく。終わりが――課長との終わりが刻々と近づくのは分かっている。
アナログな時限爆弾みたいに、端っこにある火種がロープを伝って反対にある爆弾に近づいていく。アナログだから、止められない。ロープを伸ばす事も出来ない。出来るとしたら、その火に酸素を送り込み大きく燃やすか、もしくは水を掛けて消火するか――。後者は考えいない。課長が好きだ。だったら私は大きく燃えて、時限爆弾にたどり着くまでだ。
九月に入り、あの研修が終わり、それから神谷君はいつも通り、少し気怠そうに挨拶をし、私の頭をポンと叩いてみたり、目が合うと手を振ってきたり、カレーをがっついたりしている。彼が彼ではないと思う時は、子安さんの隣にいる時だけだった。私は見て見ぬフリをするが、涼子が隣で「また神谷君が――」と話すので、見ない訳にはいかない。
自宅で雑誌を読んでいると、課長からお泊りのお誘いをいただいたが、私は生理日だった。
別の日にしましょうとメールで返すと、課長からの返信はこうだった。
『僕はセックスがしたいから君と会うわけじゃないんだ。一緒にいたいからなんだよ』
私は火がついたように顔を真っ赤にして、部屋の中をぐるぐる回りながら「ありがとうございます」の十文字を打つのに何分掛った事か。
そんな中、また情報屋涼子が情報を持って来た。
「神谷君、別れたらしいよ」
そのうち別れるだろうと予想はしていたから驚かなかった。
「そうなんだ」
「あら、意外とあっさりだね」
「うん、あの雰囲気じゃ、ね」
私は涼子からPCに目を戻した。
「みどりは最近何もないの?」
涼子が話し掛けるので、私はくるりと椅子を回し涼子の方を向いた。
「何もないです」
「そうなの?みどりは女らしくて可愛らしいのになぁ。世の中の男は何をやっているか」
私と涼子が定食を食べていると、神谷君が私の向かいにクリーム色のトレイに乗ったカレーをドンと置いた。麦茶が跳ねた。
「どうせ『子安さんと別れたのー?』って訊くんだろ」
私と涼子の顔を交互に見る神谷君の顔には呆れが見て取れる。目が据わっている。
「子安さんと別れたのー?」
わざとらしく涼子が訊くので、思わずぷっと吹き出してしまった。
「別れたよ、訳も必要?」
神谷君はドンと椅子に座り、スプーンを持った。カレールーとご飯を混ぜると、そこから白い湯気が立ち上り、さっと消える。
「そうだね、飯のおかずに。どうぞ」
涼子もふざけ過ぎだなぁと思いつつ、私も話を聞いた。
「付き合いなんてさ、好きな人とじゃないと、意味ないじゃん。俺、子安さんの事好きでも何でもないし、触りたいとも思わないし」
超ド級のストレート発言だ。そばに子安さんがいない事を祈るばかりだ。
彼の言う「好きな人」が今の所自分を指している事は明白で、彼の視線がそれを説明していて、私は赤面した。涼子と対面に座らなくて良かったと思った。
が、この赤面を神谷君が間違えた捉え方をするんじゃないかと思い、私は顔色を見せないように少し俯いた。
「食堂のカレーはうまいんだよなー」
そう言いながらカレーをかきこんでいる。まるで子供の様だ。