神谷君別れる-2
昼休みのベンチに、子安さんの影は無かった。
私は涼子と二人、ベンチに腰掛け、売店で買ったグミを食べながら、中庭でバドミントンをする人らを見るともなしに見ていた。
「暑いのに凄いね」
「暑いのにバカみたい」
同じ物事を見ても、感想が違う。まぁ、本来の私なら、涼子と同じ「バカみたい」と言ってしまうかもしれない。
「でもここんとこ、大分風が出てきたよね。少し過ごしやすくなってきたというか」
「確かにね。うち、エアコンないけど、寝苦しくなくなってきたな」
涼子の携帯がピロピロと着信を告げ、涼子は「ヒモだ」と言って電話を持ってベンチを離れた。
暫く彼女の後姿を見ていたが、突然「勝手にしろ、バーカ」と涼子が叫んだ。
バドミントンをやっている人が手を止めて、彼女を見ていた。
涼子は怒りのオーラを纏ってこちらに戻ってきた。
「何、どうしたの?」
「仕事辞めるって言いだした」
吐き捨てる様に言い、ベンチにドスンと腰掛けた。
「え、まだ働き出して数ヶ月だよね――」
「三か月。店長とそりが合わないってずっと言ってたけど、もう限界だとか言って」
「だからって今、電話してきたの?」
彼女は項垂れて頭を抱えるようにして言った。
「仕事辞めたら家、出てってもらうって約束してたから。家出て行くって」
泣いているように見える。肩が震えているように見える。彼女はその格好で震えたまま姿勢を変えない。
「そうかぁ」
言葉が出ず、私は彼女の背中に手を置き、さすった。やはり泣いている。
彼と付き合ってもう長いらしい事は知っている。彼は仕事に就いては辞め、就いては辞めを繰り返していたが、やっと自分の好きな音楽と関われる仕事――楽器屋で働ける事になったのに。
彼女はやっと顔をあげた。目元を手で拭ったので、タオルを貸した。
「ありがとう」と言ってそれを受け取り、もう一度、目元を拭った。
「仕方ないよ、私がそういう約束を決めたから。そうじゃないと、彼自身の為にならないと思ったから」
「うん、でも、ヒモ君の事好きなんでしょ?」
少し間があった。暫くバドミントンのラケットにシャトルが当たる音が響いた。
「もう、いて当たり前の存在だから、好きとかそういうのは分かんないけどさ。家に帰っても彼が帰ってこなかったら、辛い、かな」
またタオルで目頭を押えた。業務開始五分前のチャイムが鳴ったので二人立ち上がった。
「少し様子を見てみたらどうかな。彼だって行くところないでしょ」
「友達の所を転々とするんじゃないかな。もしかしたらまた誰かのヒモにでもなるつもりかも」
涼子とヒモ君の関係は絶対だと思っていた。こんな風にして簡単に崩れてしまうんだ。そう思った。