Misty room / the man who strayed off-1
早朝の霧の中にいるような感覚だった。
僕は知らない街にいた。
そこには何も無かった。
だから僕を惹きつけた。
どこまでも深く、どこまでも深く。
頭が割れるように痛かった。
記憶が混濁して、今にも爆発しそうだった。
何も無いこの場所には、何も持たずに訪れるべきなのに。
僕は手にしてしまっている。
それは思い出。
吐き気がする。
まるで体の半分が水と油でできているような違和感。
あまりの苦痛で思うように動かない足をとめて、僕はその場に座り込んだ。
息は白く、世界を染める。
息は荒く、世界に響く。
たったひとり。
まだ早い。
この街は穏やかすぎて。
公園の芝生のうえに転がり、辺りを見まわす。
人などいない。
それはそうだろう。
まだ遠い。
この日々は、いつか来る旅の終焉。
最後のページは、まだ先の未来。
頭痛はいっそう激しく。
誰かが待っている。
ここではないどこかで。
霧はまだ晴れない。
誰かが願っている。
まだ逝くな、と。
誰かが叫んでいる。
霧は。
頭痛は次第におさまり、頭の奥がクリアになっていく。
揺らぐ。
僕の体は水となり、溢れた油はこの世界を満たす。
だから反するものとして。
この街が創りだす日々が揺れる。
望む、ゆったりと過ぎる時間はだんだんと形を崩し。
惜しむ必要は無い。
僕は、ただ迷い込んだだけだ。
もう一度、辺りを見まわす。
そこには何も無かった。
だから僕を惹きつけた。
静かで、綺麗で、澄んだ街 ――― Mistyroom
霧はすっかりと晴れた。
街を越えて、水平線の向こうから太陽が昇る。
けれどそれはモノクロのフィルムのなか。
色を失っていく世界。
過去を再生していく記憶。
いつかきっと、ここに来れる。
その時は、何も持たずに訪れよう。
そうすればいつまでも霧は晴れない。
きっと、ずっと晴れない。
そして世界は白に包まれた。