fainal1/2-9
「……よし。これでいいだろう」
一哉の手が止まり、作業の終わりを告げた。出来上がり具合を目にして、佳代の中で不安が涌き上がる。
肩の関節部は勿論だが、周辺である背中から胸元にまでテープが施され、見た目には動き難そうに思えた。
「試しに腕を振ってみろ」
「は、はい」
佳代は、指示に従って腕を振ってみた。その瞬間、不安は完全に拭払した。
肩や周辺のテープが、腕の振りを妨げない。そればかりか、テープが動きの遊びを制限する為、スムーズに動くのだ。
「な、なに!これ」
思わず驚きの顔になった。夢中になって腕を振った。
今朝、感じたものとは比較にならないほど、腕の振りがキレている。状態を確かめる一哉の顔にも納得の笑みが浮かんだ。
「じゃあ、テープを剥がさんようにユニフォームを着てくれ。お母さんに手伝ってもらってな。着替えたら、すぐに出掛けるぞ」
「はいッ!」
一哉は洗面所を後にした。
佳代の着替えを手伝う加奈も、この状況を喜んでいる。
「精一杯やりなさい。悔いのないように」
「母さんも、そう思ってやってたの?」
佳代が訊いた。加奈は娘の手を取った。
「そうよ。何時、キャリアを終えてもいいって覚悟してコートに立ってた」
加奈は「それに」と付け足した。
「……自分一人じゃない。支えてくれている人のことを想って戦ってた。貴女も、そう思うでしょう?」
「うん……」
意味を含んだ母親の助言に、佳代は強く頷いた。
「よし!これでいいわね。行って来なさい」
「母さん、ありがとう!」
「わたし逹も後で観に行くから」
元のユニフォーム姿となり、洗面所から玄関に急ぐ。
「行って来ます!」
佳代は玄関を飛び出した。一哉の待つ下へと向かって。
「しっかりね……」
加奈が、玄関口から娘の後ろ姿を目で追っていると、背後から気配がした。
「出掛けたみたいだね」
ずっと奥に引っ込んでいた健司が現れた。
「何よ。今頃になって現れて」
「僕は必要ないからね。邪魔しちゃ悪いだろ」
「嘘仰有い!呑んだ勢いでべらべら喋ったのが気まずいから、藤野さんを避けたクセにッ」
「それを言うなよ……でも、言った事は本心だけどね」
加奈は健司の目を見た。
笑っている瞳の奥は、未だに何を考えているのか掴めない事が多々ある。
「貴方の目を見ていると、どこまでが本心か分からないわ」
「酷い言われ方だな。昔は“この目が好き”って言ったクセに」
「そんな大昔の事、忘れたわよ!」
「怖いなあ……それより、そろそろ準備しないと」
「まったく。調子だけはいいんだから」
二人は“じゃれ合い”を止めて出掛ける準備に掛かった。