fainal1/2-7
「ありがとうございました!」
佳代は治療を終え、休日用出入口から出てきた。
腕時計に目をやった。此処から球場までは、バスで一時間程の距離。
(今が十時過ぎだから、ギリギリアップ出来るかな……)
最寄りのバス停へ急ごうとしたその時、背中越しにクラクションが鳴った。
振り返ると、見覚えのある小さな車が佳代の方へと近付いて来る。運転席には一哉が乗っていた。
「コーチ……?」
「佳代、説明は後だ。乗れ」
言われるままに、佳代は助手席に乗り込む。車はすぐに車道へ合流した。
──自分の中に、気まずさが広がっていく。此処で待っていたのは、コーチがわたしの気持ちを見抜いていたからだ。
でも、これはある意味、仕方がない。コーチの教えを叛くと決めたんだ。例え仲違いしてでも自分を貫くと。
「あの、コーチ……」
恐る々、佳代が訊こうとすると、一哉はそれを遮るように言った。
「ちょっと、お前ん家に寄り道するぞ」
「えっ?それってどういう……」
「お前が、試合に出る為のサポートだ」
驚きで声にならない。一哉はその様子を一瞥して言葉を続けた。
「昨夜、お父さんに聞かされた。お前が俺や医師を無視して試合に出るってな」
「は、はあ……」
「……俺は今でも反対だが、お前が出ると言うのなら、サポートするしかあるまい」
そう言った一哉の顔はバツが悪そうだ。突然過ぎる趣旨変えが、自分でも恥ずかしいのだろう。
逆に、佳代は感激していた。自分の信念を曲げてまで、手助けしてくれようとしてる事が、この上なく嬉しかった。
「ちょっと急ぐぞ」
「はい!」
一哉がアクセルを踏み込んだ。エンジンが唸りを上げ、車は更にスピードを増した。
一哉と佳代を乗せた車が澤田家に到着したのは、十時半前だった。
二人は家の中へと急いだ。すると、加奈ばかりか健司までが出迎えに現れた。
「やあ、藤野さん。昨日は……」
にこやかに対応しようとする健司を、一哉は右手で制すると、
「これから、佳代の肩にテーピングを施します。洗面所をお借りします」
それだけを告げて、佳代と共に洗面所の方に消えていった。
健司は、呆気に取られた顔で二人の消えた方を見つめた。