fainal1/2-6
「先生。わざわざわたしの為に?」
「まさか!此処は救急病院でもあるから、たまたま当直だったんだよ」
佳代にとって、肩の事を一番解っている人に診てもらうのはありがたかったが、逆に願い出るのが言い難くなった。
「それで、どうしたの?」
医師が、柔らかい口調で問いかける。佳代はちょっと躊躇ったが、すぐに気持ちを決めて思いを語った。
「先生。わたしを、試合に出れるようにして下さい」
その途端、医師の顔から笑みが消えた。看護師が唖然とした顔で佳代を覗いている。
「自分が、何を言ってるのか分かっているんだろうね?」
静かな語り口ながら、医師の言葉には怒りが込められていた。
「……最悪の場合、一生、野球が出来なくなるんだぞッ」
「解ってます。でも……例え肩が治っても、今日の試合に出られなかったら、わたしはずっと後悔します。そんなの、絶対嫌なんです!」
佳代の脳裡にこれまでの苦難が次々と甦り、人前にも関わらず、涙が溢れた。
昨年の地区大会は、自分のエラーで敗れた。今年の地区大会も、投げては打たれてチームの足を引っ張った。
そして今も、仲間逹に要らぬ負担を強いている。
正念場とも言える決勝を向かえて、これ以上の迷惑は掛けたくない。すべてを犠牲にしてでも、今日の試合に賭けたかった。
「どんな結果になっても構いません、お願いしますッ!」
佳代は立ち上がると、深く頭を下げて懇願した。
その両肩が、小刻みに震えている。そんな姿を目の当たりにした医師は、何故か羨ましさがこみ上げてきた。
こんな子供が、野球なんかに追い詰められて自棄に至ろうとしているのは、医師として看過出来ない事態だ。
しかし、自分を鑑みて、そこまで必死になった事柄が果たしてあっただろうか、と。
「解ったよ。頭を上げてくれ」
医師は、先程とは一転して柔和な表情になった。
「先生……」
「肩の数ヶ所に痛み止めを射って、後は抗炎症薬を出すから」
「あ……あ、ありがとうございますッ!」
「それと、ひとつ約束してくれ」
「えっ?」
今度は医師が願い出た。
「試合が終わったら、真っ先に此処に来て肩の状態を診せること。すぐに再治療を施せば、最小限で済むかも知れない」
「先生……」
優しさに感極まり、佳代はまた泣いてしまった。医師はそんな状況に馴れていないのか、どう対処すべきかと戸惑っている。
「そ、そんな事より、ほら、上着を脱いで。注射するから」
「は、はい!」
背を向けた佳代を尻目に、看護師がニヤケ顔で医師の耳許に近寄った。
「若い娘に泣かれると、弱いんですね」
「な!……何をバカな事をッ」
「先生。焦り過ぎですよ」
ひどい狼狽を見せる医師。それを見て高笑いをみせる看護師。そんな奇妙なコントラストを、佳代は意味をのみ込めずに観覧していた。