fainal1/2-3
時刻は八時半を過ぎた頃、青葉中学校のグランドには、野球部々員と永井に葛城の姿があった。
「今日の予定を伝える。通常のアップをやった後に、連係のチェックと……」
永井は普段通り、その日に行う練習を部員達に伝えている。決勝の朝という気負いはない。ないと言うより、選手逹への影響を考えての配慮だった。
普段通りのルーティンを行なわせる事で、平常心を保たせる。選手逹にも思いは伝わっているようで、静かに話を聞き入っていた。
「……以上だ。何か質問は?」
「監督ッ」
すかさず、達也が手を挙げた。
「佳代……澤田が来てないんですが?」
「澤田は病院に行くと連絡があった。直接、球場に向かうそうだ」
「佳代の肩は、まだ悪いんですか?」
今度は直也が手を挙げた。
心配気な二人の様子に、永井は表情を少し緩める。
「逆だ。調子がいいから、試合に出られないか診てもらうそうだ」
そう発表された瞬間、達也と直也は勿論、部員全員が喚声を挙げた。
「──ヨシッ!アップに入れッ」
号令と共に全員が、グランドを駆け出した。
「……いいですね」
穏やかな表情で、選手逹を見つめる葛城が言った。
「みんな変な緊張感も無いし、何より笑顔が素晴らしい……やっぱり澤田さんの影響ですね」
「ええ。一人欠けていた事が、彼らなりに気掛かりだったと思います。
だが、その心配も終わった。ようやく望んだ戦いが出来る嬉しさが、動きに出てます」
そう言って何度も頷く永井も、顔がほこんでいる。
病院の許可が下りても、試合に使うかは未知数。場合によっては出番が無いかも知れない。それでも、この日を待っていた。
それは、葛城も同様だった。
怪我をした直後、崩れ掛けた彼女の自我を半ば強引なかたちで引き戻した。
その時に言った“あなたが治るまで負けない”という約束は、何とか守ることが出来た。
次は佳代が、試合に出て活躍してくれる番だと。
そこまで考えた時、優しい眼差しだった葛城が、急に暗い表情になった。
「……藤野さん。来て下さらないようですね」
その一言は、永井の眉間に深い皺を刻んだ。
「その話は、必要ないでしょうッ」
永井はつい、語気を荒げた。
当たり前だ。試合に向けてチームに良い活気が生まれつつあるのに、葛城の発言は冷水を浴びせ掛けるような物だ。