fainal1/2-21
「ボールバック!」
主審の合図により、野手がキャッチボールをやめた。ピッチャーの投球練習も残り一球だ。
省吾がクイックモーションから投げる。合わせてショートの秋川がニ塁へと駆け、キャッチャー達也は中腰の構えを採った。
達也が、ボールを捕った反動を使って素早くボールを右手に握り変え、小さなステップと腕の振りだけでニ塁へと送球した。
秋川のスパイクの爪が土を咬み、スピードに乗った身体に急ブレーキを掛ける。ニ塁に滑り込むと同時に、送球されたボールがグラブに収まった。
土埃が舞う中で、秋川はベースをタッチする。
一分の隙もない一連の動作は、大会中、相手の盗塁意欲を殺ぎ、盗塁を試みても、ことごとく阻止してきた。
この実績が相手に盗塁を躊躇させ、結果として攻撃の幅を狭める──見えない功労のひとつだ。
ピッチャー、キャッチャー、ショート。彼らは、一試合で一、ニ度しかない盗塁を阻止するために、数えきれない程の練習を積み重ねている。
守備とはそういうものだ。あらゆる機会を想定し、その為の練習を反復する。いつ、その機会が訪れてもミスなく対処出来るように。
キャッチボールを終えた佳代はベンチに戻り、スポーツドリンクを口にしながら視線をグランドに向けた。ちょうど一番バッターが、打席に入るところだった。
「調子良さそうだった?」
傍らの直也に省吾の事を訊いた。直也はベンチの金網フェンスに両肘をつき、グランドを見つめながら答えた。
「ああ。明らかに一昨日よりキレてるな」
「ホントに!」
「ひょっとしたら、俺たちの出番はないかもな!」
「えっ!」
それが本当なら由々しき問題だ。今日の努力が、全て無駄になってしまう。
佳代はコップのスポーツドリンクを一気に喉奥へと流し込み、直也のとなりに立った。が、そこで思い直した。
省吾が完投する展開なら自分達は全国大会に行ける訳で、その時には怪我も完治して全力でプレイ出来る。
「そうなるといいね!」
前年度の県大会覇者とて畏れる事はない。自分達は全国制覇を目標にやってきたのだから。
青葉中の誰もが、自信を持って臨もうとしていた。
バッターが左打席に入った。主審の右手が挙がった。
「プレイボール!」
けたたましいサイレンが、試合開始を告げた。
(いい面構えしてるぜ)
達也がバッターの構えに注意を払いながら、その表情を窺い見た。さすがに、全国大会出場校の先頭バッターだけのことはある。鼻っ柱が強そうだと思った。
(その鼻っ柱、どれほどのものか試してみるか)
達也は外角低めの真っ直ぐのサインを送った。最もヒットにし難いコースだ。
試合を有利にするか不利になるかは、ここの制球如何に懸かっているといっても過言ではない。
省吾はサインに頷き、セットポジションの構えをとった。
右足が地面を離れる。ひざを深く折り曲げ、わずかに上体を捻ることで、身体のゼンマイを巻いた。
右足が空を蹴り、前方の窪みを目掛けて伸びる。両足が開き、腰の位置が地面へと下がっていく。
右足が窪みを掴む直前、一塁側を向いていた爪先がホームに向き直り、窪みを掴んだ瞬間、マウンドの傾斜により全体重が右足一本にのし掛かる。
巻いたゼンマイを一気に解放し、それに左足を蹴り出す力も加わり、左腕の振りは最高まで速まる。