fainal1/2-20
「急げ!」
慌ててベンチに戻った佳代はグラブとボールを手に持つと、ライト目指して一目散に駆けていった。ライトには、すでに加賀が待っていた。
「佳代!いつでもいいぞ」
加賀がグラブを掲げて合図を送る。普段なら、五十メートルほど離れてのキャッチボールなのだが、いきなり、さっきの倍以上の距離は些か不安だ。
(最初は前で……)
佳代はいつもの半分ほどの距離、ライト線の内側まで近づいた。
「いくよ!」
ブルペンの時より、力を込めて投げてみる。低い軌道のボールは、加賀のグラブから心地よい音を鳴らした。
「いい球だ!怪我する前と変わらないんじゃないか」
「まだ本気で投げてないから判んないよ!」
褒められることに馴れてないせいか、直也や加賀から出る賛辞はくすぐったく感じられて、鵜呑みにすることが出来ない。
しかし、投げた自分としては凄くいい感触だ。
(このまま、回ごとに距離を増やしていけば、充分間に合う)
佳代は満足そうに頷き、再び加賀とのキャッチボールを始めた。改めて、此処に立たせてくれた人々に感謝した。
野手が各ポジションに散っていくのと時を同じくして、省吾はマウンドに上がった。
まだ、誰の足跡もない場所。プレートから六歩半の位置をスパイクで土を掘りおこす。踏み出す右足を固定し、動作を安定させる為に。
周りでは仲間が、勇ましい声と共に守備の準備をしているのに、今の省吾にはその声さえ耳に届かない。投手にとっての大事な時間“投げる為の儀式”に没頭していた。
ブルペンで作った気持ちをさらに高めようと、意識を内に押し込めて周りから遮断する──そうやって集中を高め、バッターに向かう闘争心をピークに持っていく。
儀式を終えた省吾は、正面を見た。遮断した中で、唯一の存在である達也がミットを構えて投げるのを待っている。
「ふーーっ」
深く息を吐いて、セットポジションに構えた。
右足を軽くステップさせて踏み出す。儀式で作った窪みに、右足を強く押し付け踏ん張る。
腰から上体を旋回させる。プレートにあった左足を蹴り出すと共に、全体重を左腕にのせて一気に振り抜いた。
ボールが空気を切り裂き、風切り音と共に飛び込んでいく。構えたミットが揺れ、乾いた音を響かせた。
(伸びもだが、勢いも最高だな)
掌に残る余韻に、達也はマスクの中で顔を綻ばせた。それは省吾も同様のようだ。
(中一日にしては、キレてるな)
投げたボールの掛かり具合が殊の他いい。さらに確かめようと、変化球も混じえて状態をチェックした。