fainal1/2-15
「ねえ、有理……」
尚美は、ため息混じりに言った。
「……ありゃ、放っときな」
「どうして?」
「あの様子じゃ、すでに試合に入っちゃってるもの。今は頭にないよ」
自信有りげな尚美の言葉は、有理の心を微妙に揺さぶる。
「どうして、そんな事が尚美ちゃんに判るの?」
疑念が口を吐いた。そんな有理に、尚美は諭すように答える。
「兄弟一緒だからよ」
野球一筋。それ以外の、特に色恋沙汰となると臆病な一面が顔を出す。そんな兄貴を知る尚美にとって、弟の直也が如何な気持ちかを探る事など、造作もない。
「なるほどね……」
的を射た回答は、有理を納得させた。
「だからさ、こっちに近づいて来たら応援してやりゃいいわよ」
「分かったわッ」
気を取り直した二人は、再びグランドの方に目をやった。
すると後ろから、誰かが近づく気配がした。
「あ……」
振り向いた尚美の目に写ったのは、直也の兄、川口信也と山崎和己の姿だった。
「久しぶり……」
「こ、こんにちは」
信也と会うのは甲子園予選の決勝戦以来。あの日より日に焼けて精悍さが増したように見える。
思いがけない出来事は、尚美の視線を固まらせてしまった。
そんな尚美の変化を余所に、信也は伏し目がちに口を開いた。
「席、詰めてもらえるかな?」
「あ、ああッ、はい!」
声をきっかけに、尚美はようやく呪縛が解けたのか、バネ仕掛けの人形の如く席を立ち上がった。
「ありがとう」
奥から有理、尚美、信也、山崎の順に椅子に座った。
有理は、それとなく尚美と信也の方を覗き込む。互いが見合せる訳もなく、交わす言葉もないままグランドに顔を向けている。
(なるほど……さっきまで威勢よかったけど、尚美ちゃんも大して変わらないのね)
身動ぎもしない二人。有理は秘密でも握ったように愉快な気分になった。