花退治-3
「お前の名は?」
永昌は鬼にそう尋ねた。
こちらに来てから七日。鬼のもとに日参するたび、最初に尋ねるのがそれだった。
ピィィ、とすかさず答えが返る。彼は耳に鬼語を人語に訳するからくりを着けている。永昌はその名を口にした。
それからいくつかの質問と、脈絡のない言葉を羅列して彼女に聞かせる。
例えば花の名。鳥、虫の名。歌の詞、大陸の単語だ。
鍵となる言葉だった。鬼に秘め事を語らせるための。
七日を費やしてようやく見つけた順番に、間違いなく彼女に入力されるよう、はっきりと発音していく。
百も単語を並べ立てたころに、羽虫の飛ぶような音がかすかに彼女の中で鳴った。と思うと、ピー、と長く尾を引く高音が彼の耳に打ちつけられ、やがて唐突に止まった。
女の双眸からふと光が消える。同時に、風の凪いだ水面のように、表情も失せた。
誤作動を起こしたか、と永昌は慌てた。
慎重に事を運んだつもりだったが、少々強引な手段だったのは否めない。
何しろ未登録の鬼なので、設定された行動原理の構成が、正確には分からないのだ。
これで完全に止まるならよし。再起動したときに、今まで大人しかった鬼が暴走でも始めたら……。
彼は恐々と沈黙して待った。
無論、いざというときには、鬼の動きを止める呪言も用意してある。だが鬼の動きは早く、力も人の何倍も強いのだ。彼が呪言を発するよりも、鬼が彼の喉を食いちぎる方が早いかもしれない。
再起動まではそれほどかからなかった。
ふ、と瞳に光が戻る。まぶしげに目が細められ、眉間にしわが寄った。
彼は内心緊張しながら鬼の名を呼んだ。
わずかの逡巡もなく、ピィ、と彼女は肯定の音を発した。
永昌はほっと息をついた。上手くいったようだ。
鬼を従えた、とまではいかないが、質問の答えを引き出す程度の権限は得られたはずだ。
彼は尋ねた。
「お前の主の名は?」
女は考え込むような顔をした。全く、病的なまでに細緻に設定された反応だ。錯覚しそうになる。
未登録の鬼であることはいくつかの質問に対する反応ですぐに分かったが、鬼の体のどこにも、作成者の印らしきものはなかった。
鬼自体の作りの詳細も全くわからない。燃料が何か、どのような形式で思索するか、保守の期間はどれだけか。
…何年保つか。
鬼は老いも死にもしないが、衰えるし壊れる。
人を食わない鬼でも結局、処分するより他にない。だが詳しくわからなければ、処分のしようもないのだ。
通常使われる、青白く光る鬼の動力は人に病をもたらす。のみならず、触れれば土も水も死にいたる。
その昔、やはり野に放たれた未登録の鬼が、人を殺め喰らった末に山中に朽ち果てたという。
誰にも知られぬまま炉はこわれ、毒気、瘴気はなすすべもなく漏れ出し…山一つとその麓の里を一つ滅ぼした。