:君と僕の記憶箱:-1
昨日からの雨。僕の心を曇らす。君の心はどうだろう。
そんな言葉が浮かんだ。
去年の夏の事を思い出した。僕はあの家から一歩も出れずにいた。
何も要らない。何も望まない。このまま死んでもいいと思っていた。
そんな時君は現れた。
窓の外から何時も僕に会いに来てくれた。毎日僕の絵を描いてくれた。だから僕も君の絵を描いた。そのうち僕は君を本当に見たくてしょうがなくなった。
ある日僕は外に出ることを考え出した。窓越しじゃ物足りない。本物の君を視て、触れて、絵を描きたい。
ドアノブに手を掛ける。僕の身体が震え出す。外であった色んな事を思い出す。今はまだ興味よりも過去の方が大きすぎる。僕が此処を出られないのも過去の所為。でも君はそんな僕にずっと待ってると言ってくれた。
それから毎日僕はドアの前に立つ。君と一緒に。でもなかなか踏み出せない。
もう諦めかけていた。君はドアの向こう側に何時も居てくれたのに。
いつの間にか僕はドアの前に立とうともしなくなった。それでも君はドアの前に立っていてくれた。
「僕には無理なんだよ。だから..ありがとう...。」
すると君は庭へと走り出した。そして窓越しの僕の目の前で、ナイフを首にあてがうと、そのまま斜めに滑せた。
窓ガラスと景色が紅く染まる。君はガクリと膝を落とすと、ゆっくりと芝生に倒れ込む。僕は玄関へ走った。ドアノブに手を掛ける。もう迷いはない。一気にドアを開けると懐かしい外のにおいがした。雲一つ無い空が見えた。庭へ足をのばす。君が見えた。抱きかかえると君は笑って、手を伸ばし僕の頬を撫でた。
「やっと会えた。聴いて...貴方が思うほど外の世界も悪くはないよ..。」
そう言うと、君はもう動かなくなった。
それ以来僕は外に出れるようになった。またあの場所に帰りたくなった日は、君の言葉を思い出すと楽になれた。
だから僕はもう一度君に逢ってこう言いたい。
『あの言葉をくれてありがとう』と。
end