煙の行く先-1
4月に入った。土間川沿いの桜の木は満開を迎え、私はベランダからその桜を見た。
木の下では、お酒が入っているのであろう、どんちゃん騒ぎをしている連中がいる。
年中無休で流れ続ける土間川は、長い歴史の中で、色々な人間を見ているのだろう。
その歴史の中で、私なんて小さい小さい、カスみたいな時間でしかない。
営業職という仕事柄、私情は仕事に持ち込まないようにしている。
年度が替わり、営業先の研究員も変わったりするため、何かと忙しい時期だという事も手伝って、気を張っていられた。
それでも外回りから帰って自分のデスクにつくと、急に脱力感に襲われる。
中田さんの事を考えなかった日はない。あの後姿。写真立て。日差し。薔薇の香り。
受信トレイに暫くの間、高橋君からのメールはない。
自分から「距離をおきたい」と言った癖に、少し淋しく思う自分がずるい。
社内ですれ違っても挨拶をする程度にしている。何度か話し掛けられそうになったが、私は横をすり抜けた。今はそれがいい。
中田さんが亡くなってから丁度1ヶ月経った。
終業後、近くのコンビニでお線香とお花を買い、中田さんのお墓を訪れた。
もうとっくに日が暮れていて、墓地の四隅に置かれた灯りを頼りに、中田さんのお墓を探すと、奥の方に、背の高い男性が立っているのが見えた。
リンだった。
ゆっくり石段を下り、近づいた。
「おう、お前もか」
「うん」
場所を譲ってくれたリンに代わってお花を手向け、お線香に火をつけた。
立ち上る煙は、葉桜になった桜の木に向かって流れて行く。
「理沙の伯母さんから、電話があったんだ」
「うん」
「お前とお墓参りに行ってやってくれって」
リンの顔を見た。墓地の角にある街頭のせいで逆光になり、その表情までは窺い知れなかった。
「なかなか話し掛けられなかったけど、図らずともそうなったな」
「うん」
リンから視線を外し、墓石を見た。そこには中田さんに似合う、可憐な漢字が並ぶ戒名。
「アイツの遺書、嘘は書いてないと思うんだ。伯母さんも言ってた」
「うん」
「俺はお前と一緒になりたいって、理沙に言い続けてた。美奈が好きだって言い続けてた。それをやっと、認めてくれたんだ」
「うん」
それしか言葉が出なかった。認めてくれた?死をもってして認めた?
「だから、理沙の想いを無駄にしないためにも、俺がお前を好きだって気持ちに正直であるためにも、もう一度きちんと、やり直さねぇか?」
人の死の上に成り立つ恋愛なんて。
「帰る」
それだけ言って、その場を立ち去った。
一瞬、後を追われる気配があったが、すぐに止んだ。
ゴールデンウィークはカレンダー通りに出勤した。
家にいる時間は読書に費やした。
何度かリンから『会えないか?』とメールが着たが、全て『ごめん』と返した。
それでも、リンときちんと向き合わないとな、と思った。
お墓参りの時に邪険に扱ってしまってから、そのタイミングを逸してしまっている。