ギャップの法則-2
「沢田さんってさぁ、前の会社2年勤めたって言ったよな?」
「そうですねえ」
高橋さんは何か指折り数えながらモゴモゴ言っている。
「もしかして、同じ年?25歳?」
「え、同じなんですか?」
「タメじゃねぇかぁ」
なぞなぞが解けた子供の様に喜んで笑っている。幼い。
「そんじゃタメ口で頼む。俺、後輩って苦手なんだ」
なんじゃい、その苦手意識は。後輩が苦手って。でも私だって敬語で砕けた会話ができる程器用ではないので、喜ばしい事だ。
「じゃぁタメ口で。私の事は沢田でいいし、高橋君とでも呼ぶかな」
「よし、じゃぁ飲むぞ、沢田!」
俄然やる気になってきたと言わんばかりにガツガツ呑み始めた高橋さんに、ただただ笑うしかなかった。
後輩面していた私に、とても気を遣っていたんだろう。優しい人なんだな。タメだと分かって、良かった。
「高橋君の彼女は、どんな人なの?」
いきなりの質問に、ビールを吹き出しそうになっていた。いや、少し吹いた筈だ。
「な、なんで俺のそんな話題?!いや、普通の子だよ、普通の」
「普通の?それじゃ全然分かんないけど」
むしろ普通じゃない子ってどんなだよ。
「いや、本当に普通としか言いようがないんだよ、没個性?みたいな」
俺の話はいいんだよぉ、とサラサラした黒髪を両手でぐしゃぐしゃにした。
「お前はどうなんだ?彼氏は?」
お前、入りましたー。いきなり「お前」いただきましたー。
高橋君の低い声で「お前」って言われるのは悪くない。
「いないねぇ、そういうのは暫く」
結露したビールジョッキの水を、お絞りで拭う。そう簡単に彼氏なんて出来てたまるか。こちとら泣く子も黙るバツイチだ。
離婚した後、この会社に来るまでの1年間、私にアプローチしてきた男がいなかった訳ではない。
私は「バツイチ」という事実が後ろめたかったし、何しろ恋愛に対して「面倒臭い」って言う言葉しか思い浮かばなかったので、誰1人相手にしなかった。恋愛をするぐらいなら、転職がしたかった。
「お前、没個性の正反対に位置してっから、すぐ男が寄ってきそうだよな」
「え、それ褒めてないよね」
睨みを利かせると、高橋君はちょっとしょっぱい顔をして笑った。
没個性の正反対。中身はただの面倒臭がりのだらしない女だ。外見は、まぁ今や絶滅危惧種ともいえる黒髪ストレートロング。高身長も手伝って、目立つ存在ではある。
「俺ビール2杯しか呑んでないのに、何かすっげぇ気持ちぃわ。お前、俺の呑み友になれ!」
「はぁ?呑み友?聞いた事ないんだけど」
呆れ顔でそう言うと、高橋君はニヤニヤしながらこういった。
「女と呑んでるとな、こう、変な虫が寄ってこなくて助かるんだよ」
確かに、ここで高橋君が1人寂しくお酒を飲んでいたら、誘ってくる女性も少なくないだろう。逆ナンってやつだ。
それぐらい、高橋君は見た目に硬派イケメンで素敵なのであーる。
私もお酒は嫌いではない。呑み友だろうが何だろうが、バッチ来いだ。
それに、普段は言葉少なに仕事をテキパキこなしている高橋君が、別人のようにベラベラ喋り、陽気になっていく姿を見るのもなかなか面白い。
その後日本酒を頼んで、ちびちび呑んだ。
例の「没個性的」な彼女の話を色々と聞かせてくれた。
「それでも彼女にとって俺ははこの世に1人しかいない――」
何だったっけな、忘れた。
とにかく饒舌に話す高橋君を見ていて飽きなかった。
仕事中の硬派な高橋君も素敵だけど、陽気な高橋君も素敵だ。
そんなギャップに、没個性的な彼女は惚れたのかも知れない。