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永久の香
【大人 恋愛小説】

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後ろめたさからの解放-2

 社用車のメータークラスター(と言う名称である事は、高橋さんから聞いた)にはカードホルダーがある。五月の太陽に照らされて、プラスチック特有の嘘っぽい光を放っている。
 そこに運転手名と社用携帯電話番号が書かれた紙カードを差し込む。
 取引先で、車を移動する必要性が出てきた際に、「ここに電話して下さい」って訳だ。
 今日もそこに「高橋臨(のぞむ)」と高橋さんの名前が書かれたカードを差し込み、取引先へ向かった。
 
「新しくこちらに周らせていただきます、沢田です」
 そう言って相手に名刺を差し出した。
 額が少し後退し始めているのが分かる相手の男性が「ちょっと取ってきます」と居室と思われる部屋に1度戻り、名刺を手に出てきた。
「いやぁ、前の営業さんは男の人だったけど、今回は何だか美男美女で。いいですね」
 あぁ、なんて面倒臭い事言うんだ、この人は。返事に困る事を言う人=面倒臭い人。
 社に帰ったら、高橋さんから渡されたデータのコイツの名前に「面倒臭い」って付け足しておこう。
 とりあえず新しく発売された分析機器を売り込んだ。検討しますとの回答だった。


「高橋さん、ゴールデンウィークは出社してたんですか?」
 車中は禁煙だ。高橋さんは煙草を吸うのを我慢する為に、ミントガムを頻繁に噛んでいる。
「半分はな。取引先が休みに入っちまうから、書類仕事ぐらいしかなかったんだけど」
 食べる?と赤信号を見計らってミントガムを手渡された。「あ、いただきます」と包みを開けて噛んだ。ブラックミントガムだったらしく、舌の痺れに涙が出そうになる。
「沢田さんがいた会社は、ゴールデンウィークは休めたのか?」
「殆ど出社してましたね。書類仕事と、後輩の尻拭いと、上司の尻拭い。トイレットペーパっすよ」
 だな、と笑われた。ホント、そんな感じ。
「沢田さんって、何か飾らない感じで、いいな」
「え、それ褒めてます?」
 高橋さんはカラカラ笑った。ほら、笑った顔は幼い。
 フロントガラスから入り込む夕焼けに、街路樹の緑がやけに映えて眩しかった。

 今年のゴールデンウィークは、がっつりと取らせて貰った。
 まぁ、まだこの会社に入社して日が浅いく、そんなに仕事も無かったから。
 男もい無い、やる事も無い、ただただ部屋に籠って漫画や文庫本を読んでいた。25歳のゴールデンウィークは何ひとつ、金色に光らなかった。


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