【鳥は飛ぶ−かっこわるい2−】-2
「ケン。ご飯よ」
俊との意味不明な散歩を切り上げ家に戻った俺は少し眠った。
「ケンッ。ご飯」
部屋の外から声がした。どこもかしこも放っておいてはくれない。
「ケンッ!!」
母親のとげとげしい声。
「寝てます」
ぼそっと呟いてもう一度眼を閉じた。
−なぁ賢治はどうする?−
−夢。在るんだよ。笑えるだろ−
−戻るよ、いつかはね。僕の居場所だから−
−ここだって色々出来るさ。じゃなきゃいないよ。こんな田舎−
目覚めると真っ暗な部屋。二度目の眠りは思った以上に長かったようだ。静かにゆっくり瞼が開いた。異様にすっきりとした目覚めとは裏腹に、何かを言いたくてしょうがない。
−賢治はどうする−
胸の奥の何かを鷲掴みにする。
苦しい。
−どうする−
「なぁ。どうするんだ」
相手のいない言葉は暗闇の部屋に吸い込まれた。自分は何をしているのか、逃げているんじゃないか、何がしたいのか、頭をぐるぐる回るそれらの思いは螺旋を描きながら何かの中心へ向かい、何かを締め付け、絶望にも似た感情をひねり出す。「くそぅ」そっと呟いて頭を抱える。
繰り返して来た。そんな生活を、思いを、絶望を。
「くそぅ」
小さく繰り返す。夜を迎えた窓の外は満天の星空だった。
『賢治〜』
「やだ」
俊からの電話は嫌な予感をびんびんに発していた。
『何も言ってない』
「やだ」
『性格悪いぞ』
「だめだ」
『んな事言ったってもうオマエんちの前だし』
「はぁ?」
急いで玄関を開ける。開けてしまった。俺の負けだ。
『ハロー』
目の前の俊。電話片手に笑う。俺は電話を耳から離し、俊をにらむ。
「にらむなよ」
「いやだ」
「綺麗な顔が台無しだぞ」
「女に言えっ。バカ俊」
「あ、おばさんこんばんわ」
「久しぶりね俊君。ただね君たちうるさいから家に入りなさい」
「ちょっ、ちょっと!!」
「いいじゃないの」
「おじゃましまーす」
「おいっ」
俊は一言言うとすっと塀の陰から何かを取り上げる。嫌な予感。鳥かご。
「おいっ」
「すいませんおばさん」
そう言って俊と鳥かごが家に入っていく。やられた。こうやって俺は巻き込まれていく。
「…くそぅ」
俊はすぐに帰って行った。一人で。旅行に行くのだそうで、鳥を見ていてくれと勝手に置いて行った。
飛べない鳥。
「こいつさ飛べないから、このかごいらないからね。俺、自由奔放に育てるのがポリシーだからよろしく」
何だそれは。何がよろしくだ。
従うわけではない。しかしかごから出してしまう自分が悔しかった。
「なぁお前、飛べないのか」
そっと羽にふれる。意外と硬い。「へぇ〜」と思いながら手に乗せてみる。
「空はやっぱり広いか?」
片方の翼を広げその内側を啄んでいる。
「無視…ですか」
テーブルに乗せしばらく動きを追う。
空を失った鳥。
何かが欲しい自分。
滑稽だな。お似合いだ。そう思い力無く笑った。
急に腹が減っている事に気が付く。そう言えば変な時間に寝たため夕食を食べていない。
「かあさん食い物ある?」
「もう遅いわよ」
そのままコンビニへ自転車を走らせた。春の夜中。田舎はまだまだ冷える。風を切る自転車に乗りながら少し身震いをした。
朝はあれの鳴き声で目覚める。四時半。なんども「いい加減にして下さい」と言うのだが聞き入れてもらえず三日目の朝だった。おかげで健康な早起きを越えたじいさんのような朝。
日が昇る頃、飛べない鳥はチチチッと鳴く。
窓の縁にちょこんと登りチチチッと鳴く。
必ず、窓の外を見ながら。必ず、空を見上げて…。
「帰りたいか?」
自分の部屋にこんなに鮮やかに朝日が入る事を知らなかった。四時半は早いが、朝日を浴びるのは嫌じゃない。
「飛べないんだってな。お前」
そんな事を言いながらぼんやり見上げた空に、鳥が飛んでいた。朝日を浴びて、青い空を、鳥が飛んでいた。
故意か偶然か。窓の縁でいつもより大声。飛べない鳥がチチチッと大騒ぎをした。
「…飛びたいよな」