出発-4
ケンジがマユミを連れてやって来たのは空港ターミナルの一画にあるリフレッシュ・ルームだった。
「『リフレッシュ・ルーム』?」
「マユ、お、俺・・・・・。」
「ケン兄のエッチ。」
リフレッシュ・ルームの中には、シャワー付きの仮眠室があった。
「予約してたんだ。」
「うん。」
「用意周到。」
シャワーを済ませ、ケンジはバスタオルを身体に巻いたまま仮眠室に入った。そこには二つのシングルベッドが並んでいた。彼はそれを合わせて一つにした。
マユミはケンジの隣にやはりバスタオルをまとって座った。
「子どもたちは大丈夫かな・・・・。」
「一応電話しとこう。」ケンジはスマートフォンを取り出し、タッチパネルに触れ、健太郎に電話をかけた。
「何?ケンジおじ。」すぐに健太郎が反応した。
「おお、健太郎、今何してる?」
「え?べつにぼーっとしてる。ウノにも飽きたから。」
「そうか。あと一時間半ぐらいでそこに戻るから。」
「一時間半?ずいぶん長くない?」
「ちょっと手がかかることがあってな。心配するな、そのうちケニーたちも戻ってくるだろう。」
「わかった。じゃ。」
健太郎は電話を切った。
「一時間半・・・・・。マユ、お前どう思う?」健太郎は真雪に問いかけた。
「どう思うって?」
「二人で何してるんだろう・・・・。」
スマートフォンをバッグにしまったケンジは、マユミに向き直った。「例えば、」
「なに?」
「ケニーとミカがこの旅行中に一線を越えたとしたら、お前どうする?」
「え?そんなことあり得るかなー。」
「俺、ちょっと望んでるんだ、そうなるの。」
「・・・・あたしも、ちょっとは・・・。」
「ミカってさ、ああいう性格じゃん。もしケニーを誘惑するなら、きっと軽いノリでいっちまいそうな気がするんだよな。」
「ケン兄はいいの?ミカさんがそんな風に、」
「お前は?マユ。ケニーがミカと・・・。」
「何だか都合のいい考え方かも知れないけど、そうなったらあたしたち、ちょっとほっとするよね。」
「うん。ほっとする。」
「問題は、その後、その関係を二人が引きずらないかってことだよね。」
「いっそ、そのことを4人の公認事項にしてしまえばいいのかもしれないな。」
「あたし、ケニーに言ってみる。」
「え?何て?」
「ミカ姉さんを抱きたくない?って。」
「それは俺が言った方がよくないか?」
「えー、それって何だか売春を斡旋してるみたいだよ。」
「ミカにも言ってみる。」
「言ってみちゃう?」
「うん。でも俺の予想では、あいつすでにその気になっているような気がする。」
「ほんとにー?」
「なんか、どきどきしてきたな。」
「うん。」
ケンジとマユミはお互いのバスタオルを取り去り、抱き合ってベッドに倒れ込んだ。
「何?まだケンジたち戻ってけえへんの。」ケネスが免税店の中をのぞき込んでいる3人の子供たちに話しかけた。
「そうなんだよ。まったく、何やってんだか・・・。」龍がため息をついた。
「ケネス、先超されてるぞ。こりゃあたしたちも機会を見つけて、」
「ミ、ミカ姉、酔った勢いでいらんこと子らの前で口走らんといて。」
「それにしてもすごいよね。」真雪が言った。
「何が?」
「この店、世界中のいろんなものが置いてあるよ。」
ジャカルタの木彫りの面、真っ赤なベネチアングラス、スコッチウィスキー、マダガスカルのラピスラズリのネックレス・・・・。
「ロシアのマトリョーシカ人形まである。」健太郎が言った。
「ほんとだ。わざわざロシアまで行かなくても、ここでアリバイが作れるな。」ミカがその人形をのぞき込みながら言った。
「何のアリバイだよ。」龍が母親のミカを見て言った。
「いろいろとな。必要になることもあるかもしれないよ。龍。」
「意味わかんね。」