旅行前夜-1
5月。街路樹が鮮やかな緑の葉をのびのびと広げ、時折吹きすぎるそよ風になびかせていた。
カランコロン・・・・。入り口のカウベルを派手に鳴らして、「Simpson's Chocolate House」に入ってきたのはミカだった。「おーい!ケネス、いるかー。」
店にいた数人の客はそのショートヘアの威勢のいい女性を振り向いて見た。店の奥から短髪で蒼い目の男がレジの横に現れた。
「おお、ミカ姉、待ってたで、今ちょっと手ぇ離せんよってに、そこのテーブルで待っててや。」
「わかった。」ミカは入り口近くの喫茶スペースの空いたテーブルに落ち着いた。
ほどなくケネスがコーヒーと小皿に載せられたチョコレートを持ってミカの待つテーブルにやってきた。
「お待たせ。」
「相変わらず、忙しそうだね。何よりだ。」
「お陰さんで。」
「さてと、チケットの手配は済んだ。全て予定通りよ。」
「ほんまに?そらよかった。」
「何せベストシーズンだからな、7人ものチケットをゲットするのは至難の業だったわ。」
「ホテルも予約完了やで。8月3日から3泊4日。」
「よし。よくやったケネス。」ミカはコーヒーカップを手に取った。
「そやけど、龍のやつ、よう部活の休みとれたな。」
「まだ先のことだからね。問題ないよ。」
「水泳部やから夏がシーズンやろ?」
「あたしが顧問に掛け合ったら、丁度その頃、試合と試合の谷間らしくてね。」
「龍は期待の一年生なんやて?やっぱ親の血っちゅうのは侮れんな。」ケネスもコーヒーカップを口に運んだ。
ミカはチョコレートをつまんで口に放り込みながら言った。「ちっちゃい頃は、顔を水につけるのさえ怖がってたあいつが、まあ、成長したもんだわ。」