真夏の夜の夢-1
「ラッサン」
紗枝が地元のアマチュアオーケストラの指揮者を引き受けたのは2年前のことだった。どうでもいい4流音大を卒業後、どうせ才能もないし違うことでもするか、と思っていた矢先のことで、どんな形であれ音楽ができるならと思い薄給ながら何とか「ジャイアン合奏団」と呼ばれないレヴェルにまでは楽団を育ててきた。
そんな紗枝が17歳の高校生、龍樹と出会ったのはそのころであった。その日、いつもに増して仕事疲れでくたくたな団員の前に指揮棒を握った紗枝の眼に若い打楽器奏者が目に入った。基本社会人がメンバーのアマオケは入れ変わりは激しいが、若い人や特にティーンエイジャーは少ない。そもそも元々の大太鼓奏者はどこへ消えた。
「今日のバスドラ、あなた新人さん?」
「えぇ、はい、そうです。清水さんの代わりで」
「あら。清水さんはどうしたんですか?」
「週末に家族と遊びに行って腕折ったそうです」
「廃線巡りなんかやるからよ・・・まぁいいわ、そんで本番もあなたが叩くのね?」
「はい。羽田龍樹と申します」
「はいよろしく」
紗枝はあまり考えずタクトを振り下ろした。まぁ誰でもいいわ。そんなことより彼らを1週間後の本番が待っているのだ。
・・・・そしてこの羽田とかいう奏者はまったく使えなかった。アマチュアだし、細かく間違えるのはしょうがないとしても出番やリズムをとちりまくっている。これではまずい。紗枝は練習後に龍樹を楽屋に呼んだ。入ってきた龍樹はなかなかに魅力的だった。小奇麗な髪形と言い、筋肉質な体と言い、なんとなく紗枝の好みだった。しかし今はそんなどころではない。
「羽田さん?緊張してましたか?」
「・・・す、すいません。。」
「高校生なんでしょ?音高とかいってるの??」
「いえ全然そんなんじゃないです。普通校です。部活は陸上です。」
「えっと、あなた本当に楽譜読める?」
「読めます!でも初見がどうもできなくて・・・」
「じゃあ来週ね・・ところでなんであなたが代理なの?」
「いや、俺清水さんの隣に住んでるんですよ。骨折して叩けないって話聞いて、やりたいってふざけて言ったらこうなっちゃって」
「・・・・あー・・で、この曲知ってる?」
「いや、今からCD買おうと思ってます」
「・・・あー・・・・」
紗枝は頭を抱えた。なんてこった。