契り-4
或る夜、雪子の部屋の扉を若者がノックした。
「あの奥さん・・」
「あら、何かしら?木村君」
「あの、実は・・・」
木村と言われた若者は、雪子の顔を見て暗い顔をしていた。
驚いて雪子は青年をじっと見つめる。
「とうとう、僕の所にもこれが来ました」
彼の手には赤い召集令状が握られている。
「あぁ・・とうとう貴方にもそれが来たのね」
「はい、実家から送ってきたんです、とうとうこの下宿ともお別れです、
三日位経ったら家に帰ります、それから少ししたら僕は戦場へ行くことに・・」
彼の眼には悲しみの涙が溢れ、それが頬に伝っていた。
下宿屋では今、彼だけが残っており、雪子は食事を振る舞ったり
洗濯をしてあげたりと、世話を焼いていた。
彼女も、それが生き甲斐になっていたからである。
その青年もいよいよ戦争に駆り出されるのだ。
法文科系で学んでいた彼にも、いよいよ学徒出陣の命が下ったのである。
「まぁ、そうなの、残念ね、木村君、いよいよお別れなのね・・」
雪子は眼を潤ませ、
その青年を立ったまま抱きしめた。
これから戦場へ向かう青年の気持ちが痛いほど分かるからである。
そうせずにはいられなかったからだ。
まるで、その青年が弟のような気がした。
夫をすでに戦争で失った雪子は、心からそう思った。
またこの子も、夫と同じように帰らなくなるのでは・・・
そう思うと涙が込み上げてきて、
思わず青年を強く抱きしめていた。