二人の夏-4
「あたしたちのお部屋デート、楽しかったね。」
「うん。楽しかった。」
「考えてみれば、あたしたちさ、」
「うん?」
「ずっとどっちかの部屋で暮らしてたよね。」マユミがおかしそうに言った。
「そうだな。あれ以降それぞれの部屋で寝ること、ほとんどなかったからな。」
「勉強さえ、どっちかの部屋でやってたもんね。」
「お前と一緒にいると、本当に癒された。心が落ち着くっていうか・・。」
「そして最後は一緒に抱き合って眠った。」
「もう、最高に気持ちのいい瞬間だった。」
「おかげで二人とも早起きの習慣がついたよね。」
「そうだったな。もし母さんが起こしに来たら、って思ってたからな。」
「そう言えば、危なかったこと、一回だけあったね。」
「そうそう。母さんの階段を昇ってくる足音が聞こえたときは、飛び起きたな。」
「抱き合ってたもんね。二人ともハダカで。」
「あの時の俺の早業は伝説もんだ。」
「うん。ケン兄飛び起きて下着も穿かずにジャージの下だけ穿いてママが上がってきたとたん、ドアを開けたよね。」
「その間、ほんの数秒。」
「あたし、ベッドの陰にちっちゃくなってた。」
「あの時、ちょっとでも遅かったら完全にアウトだったな。」
「それからベランダの鍵を開けたまま寝るようにしたんだったっけ。」
「そうそう。いつでも自分の部屋にベランダから戻れるようにな。」
「ケン兄、あの日の朝ご飯の時、ママにくってかかったよね。勝手に上がってくるな、って。」
「くってかかったっけ?」
「そうだよ。あたし覚えてる。すごい剣幕だったよ。『俺たち、ちゃんと自分で起きられるから、余計なことすんなよな!』って言った。」
「そんなにきついこと言ったかな・・・。」
「言った。」
「で、でもまあ、それ以後、母さんが朝から二階に上がってくることはほとんどなくなったから・・・。」
「知らないと思うけど、ケン兄が先に出かけた後、あたし、しょんぼりしていたママに言ったんだよ。」
「え?何て?」
「あたしたち、もう子どもじゃないから、自分のことは自分でやるし、寝坊したら自分で責任とるから、心配しないで、って。」
「そ、そんなに落ち込んでたのか?母さん。」
「当たり前だよ。ケン兄がママにあんなにきつい口調で言ったの初めてだったじゃん。」
「そ、そうだったのか・・・。悪いことしたな・・・。」
「でも、それが最初で最後だったからね。」マユミはにっこりと笑った。「普段はとっても親思いのケン兄だったから。」
「ちょっと反省。俺、自分のことしか考えていなかったんだな。あの頃。」
「そんなもんだよ。思春期だったんだから。」
「さてと、」ケンジは紅茶を飲み干すと、テーブルの注文票を手に取った。「出ようか、マユ。」