二人の夏-3
「え?今何て言った?ミカ。」
「だから、マユミさんを抱きたい時には抱いてもいいんじゃない?って言ったんだよ。」
「お、お前平気なのかよ、それって立派な不倫じゃないか。」
「不倫じゃないね。だって、ケンジがこの後マユミさんを抱くことになっても、そのまま突っ走ることはないってことがわかってるもの。」
「ううむ・・・・。」
実際そうなのです。あの頃の私たちの関係は、先々結婚に結びつくような感情で成り立っているわけではなかった。お互いのカラダで癒し、癒され、今になって私がケンジに抱かれたとしても、それは郷愁や懐かしさに近い感情に変容しているだろうからです。
「ケ、ケニーは平気?」
「わいは全然かめへんで。むしろマーユがケンジと愛し合えば、マーユの精神安定につながるやんか。今更マーユがケンジと駆け落ちしたり、脇目もふらず燃え上がったりすることはない、とわいには解ってるよってにな。」
「で、でも、それって不倫じゃ・・・・・」
「不倫、とは違うわな。ケンジとマーユの間にある不動のモノは、わいらには突き崩すことはできへん。いや、突き崩すことを考えること自体、無意味やと思とる。」
「ケニー・・・・。」
「マーユのわいへの想いはケンジへの想いとはタイプが違うやろ?」
「うん・・・。」
結局私と兄は、その後も愛し合うことを許されました。ミカさんもケネスも、いつでも好きなときに会ってセックスしたら、と言いますが、私たちはルールを決めています。毎年8月3日にだけは昔のように会ってお互いを求め合える。そう、一年に一度。こと座のミラとわし座のアルタイルのように。
8月3日・・・・。その日は高二の時、私たちが初めて結ばれた記念日なのです。
「この店すっごく懐かしいね、ケン兄。」
「本当だな。17年ぶり、だっけ?」
「あたしたちが18の誕生日だったからね。」
ケンジとマユミは街の一角にある喫茶店の小さなテーブルをはさんで向かい合っていた。
「このサンドイッチの味、変わってない。そう思わないか?マユ。」
「そうだね。あの時もとってもおいしいって思って食べたよ、あたし。」
「俺も。」
「お金が足りなくて、仕方なく食べたんだよね。」
「そうだったな。」
「でも、ケン兄、なんで今日は紅茶?いつもはコーヒーなのに。」
「急に思い出したんだ。」
「何を?」
「高二の時、俺がお前に初めてチョコを食べさせた時のこと、覚えてるか?」
「覚えてる!そうか、あの時はあたし、下で紅茶淹れて持って来たんだったね。」
「そうさ。」
「ケン兄紅茶はあんまり飲まなかったよね。」
「渋いのが苦手でね。でも今は大丈夫。結構飲むようになったんだ。ミカも好きだし。」
「ふうん。じゃあ、あの時は無理して飲んでくれたんだね。」
「味なんて覚えてないよ。あの時はもうすでに俺、前に座ったお前にどきどきしてたからな。」
「本当に?知らなかった。」マユミは嬉しそうに言った。
「あの時お前、俺の部屋にハンカチ忘れてったろ?」
「そうだったね。」
「お前が部屋を出た後、俺さ、お前の座ってた場所に座って、お前の温もりを感じてどきどきしたり、」
「わあ!ケン兄純情っ!」
「高二の男子だぞ。そんなもんだ。」ケンジは少し赤面した。「お前の使ったカップに唇をくっつけて、ますます興奮した。」
ケンジはそう言って、飲みかけのマユミのティーカップを手に取り、マユミの口紅がうっすらとついた縁に、あの時と同じように唇を当てた。「こんな風にさ。」
「今もどきどきした?」
「ちょっとだけ。」
二人は笑った。
「その晩、あたし夜中にケン兄の一人エッチ見ちゃったんだ。ハンカチといっしょに鼻をこすりつけてたの、あのショーツだったんだよね。」
「もう、お前のショーツ、どんな雑誌やビデオより興奮するアイテムだったぞ。」
「ケン兄のエッチ。」
二人はまた笑った。
「でもさ、マユ、おまえあれからずっと俺に付き合ってコーヒー飲んでたけど、かなり無理してたんじゃ?」
「始めのうちはね。でも、好きな人と一緒にいられる時間だったから、その内砂糖やミルクなしでもとっても美味しく感じられるようになったんだよ。このサンドイッチみたいにね。」
「そうなのか。」ケンジも嬉しそうに微笑んだ。