最後の夜-5
「海棠君、いるー?」どんどん、ケンジの部屋のドアがノックされた。
「はい。」ケンジはドアを開けた。「あ、ミカ先輩。」
「ごはん食べた?」
「いえ、まだ・・・。」
「いっしょに食べよ。肉まんだけど。」
「え?そんな、悪いですよ。」
「だってあたし、こんなに食べきれないもの。食べて手伝ってよ。」ミカはドアを閉めてケンジの部屋に勝手に上がり込んだ。
「おお!なかなか片付いた部屋じゃん。男子学生の部屋とは思えない。」
「そ、そうですか?」
「新聞か何かない?」
「チラシならいくらでもありますけど。」ケンジが郵便受けに入れられていたチラシの束を手に取った。
「二、三枚持ってきて。」
「はい。」
ミカはごわごわしたカーペットの上にケンジが広げたチラシの上にどさどさと肉まんを積み上げた。
「こ、こんなにたくさん、どうしたんです?」
「いやあ、友だちがバイトしてるコンビニでね、賞味期限が迫ってたんで、無理矢理持って帰らされたらしいのよ。いろいろあるよ、カレーまん、中華まん・・・。」ミカは着ていたスウェットの腕をまくった。
「そうですか。じゃ、いただきます。」
「飲み物はないの?何か。」
「え?あ、そうですね。忘れてた。」ケンジは狭いキッチン横の冷蔵庫を開けた。「麦茶とか、ミネラルウォーターとか、あ、缶コーヒーもありますけど。」
「ビール、入ってたりしないよねぇ。」
「え?ビ、ビールですか?」
「そ。」
「あいにく・・・。買ってきましょうか?」
「いいよ。麦茶で。ごめん。海棠君が未成年だってこと、ころっと忘れてたわ。あっはっは。」
ミカはケンジが麦茶のボトルと二つのコップを運んできた時にはすでに一つの肉まんにかぶりついていた。
「うまい!あつあつだよ。君も早く食べなよ。」
「は、はい。」ケンジも肉まんをひとつ取り上げてかぶりついた。
「最近元気ないね。どうしたの?」
「え?そ、そんなことないです。」
「あたしの目はごまかせないからね。絶対元気ない。何かあったんでしょ?」
「もうすぐ冬ですから。」
「はあ?!」ミカはひどくむせて、麦茶を一気に飲み干した。「お代わり。」そしてコップをケンジに差し出した。
ケンジはミカのコップに麦茶を注ぎながら言った。「意味、わかりませんよね。」
「わからないね。でも、君がなかなかのロマンチストだってことだけはわかった。」そしてミカは二個目の肉まんにかぶりついた。「ごめんね、あたし、こんなで。」
「い、いえ・・・。」
「よしっ!あたしが話を聞いてやろう。」ミカは身を乗り出した。「吐け!何もかも。吐けばすっとする。飲み過ぎといっしょ。」
「何ですか、それ。」ケンジは笑った。
「君は飲み過ぎだ。」
「は?」
「言い換えれば、自分だけの思い込みと妄想と不安の飲み過ぎ。」
ケンジはミカの言葉にうろたえた。「思い込みと妄想と、不安・・・・。まさに。」
「だろ?あたしの眼力をなめちゃだめよ。ずばり、マユミさんがらみでしょ。」ミカが人差し指を立てて言った。
「そ、それは・・・・。」
「図星だよね?わかってるって。君と妹のマユミさんは、実は恋人同士なんでしょ?」
ケンジはアリバイが突き崩された罪人のようにうなだれた。「ま、参りました、ミカ先輩。もう何でも白状します。」ケンジは床に手をついて頭を下げた。
「それがいい。そうしなよ。」
「でも、なんでわかったんです?」
「いくつか証拠がある。一つ目、君たちが駅のプラットフォームで抱き合っているのをサークルの人間が目撃していた。」
「えっ!」
「二つ目、大学のキャンパスを肩を組んで歩いている君たちを見ていたヤツがいた。」
「あ、あの・・・。」
「三つ目、」ミカが声を潜めた。「ある夏の日の夜、あたしの部屋の上の住人の部屋から、床の軋む音と何やらお互いの名前を呼び合う声が聞こえた。」
ミカの部屋はケンジの部屋の丁度真下だった。
「ええっ!」ケンジは真っ赤になった。
「このアパート、意外に安普請だからね。どうだ?もう言い逃れはできまい。参ったか。あっはっはっは!」
「お、俺・・・・。」
ミカはケンジの肩をぽんぽんとたたきながら言った。「心配しないで、誰にも言わないからさ。」
「す、すみません・・・・。」
「しっかし、臆面もなく、人前で大胆なことだわ。ま、若い頃は突っ走るもんだけどね。あたしもそうだったからわかるわかる。」ミカは大きくうなづいた。