最後の夜-3
二人はケンジの大学のキャンパスを歩いていた。
「すごい!やっぱり四年大は違うね。何もかも立派。」マユミはきょろきょろとあたりを見回しながら目を丸くして言った。
「ここがプール。入ってみるか?」
「うん。」
高校のものとは比較にならないぐらい立派な屋内プールだった。併設されたジムも、更衣室も、ジャグジー付きのシャワー室も、休憩室も、全てが広く、設備が整っていた。
プールの中やプールサイドに何人かの水着姿の男女がいた。「お、ケンジ!」反対側のプールサイドから男子学生が声をかけた。「それ、彼女かー?」
ケンジはひらひらと手を振って応えた。「妹ー。」「なんだー、つまんねーの。」その男子はじゃぼんとプールに飛び込んだ。
「海棠君。」
「あ、ミカ先輩も来てたんですね。」
水着姿のミカが二人に話しかけた。
「これが噂の妹さんね?」
「はい。妹のマユです。」ケンジが微笑みながら言った。
「よろしく。あたし、ケンジ君の二つ上の兵藤ミカ。」ミカはぽかんと口を開けたままのマユミに手を差し出した。
「あ、はい、あたし妹のマユミです。い、いつもケン兄がお世話になって・・・・。」
ミカは笑い出した。
「ど、どうしたんです?先輩」
「あなたたち、とっても仲良しなんだね。」
「え?」
「人に紹介するのに『マユ』『ケン兄』なんてね。」
「あ・・・。えっと・・・・。」ケンジは口ごもった。
「双子なんでしょ?」
「はい。」
「ということは、ケンジ君とマユミさんは同い年。当たり前か。」
「はい。」
「かわいいね。マユミさん、ケンジ君よりずっと年下に見えるよ。」ミカは腰に手を当て、身を乗り出して声を落として続けた。「そうしてると、まるで恋人同士みたいよ。」
「えっ?!そ、そんな・・・・」マユミは赤くなってうつむいた。ふと、ミカは眉をひそめてマユミの顔や身体をじろじろと見始めた。「マユミさんて、」
「えっ?」マユミは顔を上げた。
「あたしとちょっと似てない?」
「お、俺もそう思います。」ケンジがすかさず言った。
「背丈もあんまり変わらないし、ショートだし、顔も何となく、他人とは思えないんだけど。」
「で、でも、ミカさんの方が、ずっと大人だと思います。」マユミが言った。
「ま、確かに年増だけどね。あっはっは・・・。」ミカは豪快に笑った。「じゃ、ごゆっくり。」そしてミカはあっさり二人から離れていった。
学食のホールは白い壁の清潔感溢れる建物だった。ケンジとマユミはサンドイッチをつまみながらテーブルをはさんで向かい合っていた。
「ミカさんていい人だね。」
「お前もそう思う?」
「うん。何か頼れる、みたいな・・・。」
「俺が大学に入りたての頃、なかなか馴染めずに悩んでた時にミカ先輩、いろいろ心配してくれたんだ。」
「そうなんだー。」
「お陰ですっかり大学にもこの生活にも慣れた。」
「ほんとにいい人。」
ケンジはコーヒーの紙コップを持ったまま言った。「ここのサンドイッチ、うまいだろ?」
「うん。なんだか懐かしい。いろいろ思い出す。」
「何を?」
「去年の誕生日、ケン兄と街でお昼ご飯に食べたじゃん。」
「そうだったな。プレゼントにお金使いすぎて、仕方なく食べたな、そう言えば。」
「ペンダント、ちゃんと着けてくれてるんだね。ケン兄。」
「当たり前だ。肌身離さず。マユも・・・。」
「もちろん。ほら。」マユミは首に掛かったペンダントを取り出して見せた。射手座の矢がきらきらと輝いた。
ケンジが声をひそめ、マユミに身を乗り出しながら言った「今夜は、あのおそろいのショーツで・・・。持ってきた?」
「うん。もちろんだよ。」
ケンジは満足そうにまたコーヒーを口にした。