最後の夜-12
ケンジの母校のプールには三人の他誰もいなかった。
「どうしたの?いきなり勝負だなんて。」マユミが言った。
「昔を思い出したんだ。ケニーと競い合ったことが懐かしくなってね。」ケンジがゴーグルを目に当てながら言った。ケネスもキャップを押さえ直し、ゴーグルを装着した。
「マユ、スタートの合図を。」
「わかった。」
「100mバタフライ。」スタート台のケンジが叫んだ。
「よーい、」マユミの声が響く。ケンジとケネスの身体が静止した。
ピッ。笛の音とともに、二人は身体を翻らせてプールに飛び込んだ。
バサロでみるみるうちにケネスを引き離したケンジは、最初のプルで頭を水面に出した。ケネスはケンジと身体半分の差を縮められないまま、50mを泳ぎ、ケンジに一瞬遅れてターンした。
「がんばってーっ!二人とも!」マユミが手をメガホンにして叫んだ。
ケンジとケネスの差が次第になくなってきた。そして折り返しの半分のラインを過ぎたあたりで、二人は完全に横に並んだ。マユミは固唾を呑んで二人のゴールの瞬間を見守った。残り5m。コースロープの色が変わったところで、突然ケンジが泳ぐのを止めた。
「えっ?!」マユミが小さく叫んだ。ケネスはそのままゴールした。
「どういうつもりや!ケンジ!」先にプールから上がったケネスがケンジに掴みかかった。「なんで勝負せえへんかってん!」
「俺の負けだ。あのままいっても、たぶん・・・。」
「ふざけたこと言うんやない!あほっ!」バシッ!ケネスの平手がケンジの左頬を直撃した。
「なに?何なの?どうしたの?二人とも!」マユミが駆け寄った。
「マユは口を出すな!」
そのケンジのあまりの剣幕に、マユミは途中で凍り付き、その場に佇んだ。
「お前、マーユのこと、真剣に愛してるんやなかったんか?!そんな簡単に諦められるんか?!」
「諦められない!諦められるわけがないだろ!」
「ほたら、なんで、」
「これしか方法がないじゃないか!俺の代わりにマユを幸せにできるやつが、お前以外にいるか?」
ケンジの目から涙が溢れ始めた。その様子を見ていたマユミも口を押さえ、涙を溢れさせた。
「ケ、ケンジ・・・・。」
「お前以外に、マユは渡さない。渡せないよ・・・・・。」ケンジは乱暴に涙を拭った。マユミがケンジに駆け寄った。「ケン兄っ!」そしてケンジを抱きしめ、彼の濡れた胸に顔をこすりつけ、泣きながら叫んだ。「ケン兄、ケン兄!」ケンジはマユミの身体を抱き返すことなくただうなだれて涙をこぼし続けた。